ミュージアムリサーチャー

ミュージアムレポート

その展示室には、人をかたどった紙がたくさんぶら下がっていました。神秘的な深い森の中で、紙の人々が思い思いに躍動するこの空間は、アーティストと地元の小学生たちの共同作業で生み出されたもの。札幌市にある本郷新記念札幌彫刻美術館で開催された「わくわく★アートスクール」の光景です。

「ほんごうしんじゅりん 本郷新な私」と題して、アーティストの磯崎道佳氏と美術館、子どもが一緒に作り上げる展覧会。まずは本郷新の彫刻作品のポーズをまねる「ほんごうしん体操」に挑戦し、ポーズをとった等身大の自分をかたどって、美術館に「本郷新・樹林」として展示する…そんな試みなのです。

「今回の事業では、制作から展示、そして鑑賞と、美術にまつわる3つの体験を用意したんです」とお話しくださったのは、当日、ご案内いただいた寺嶋館長。美術の授業では作品の制作、学校連携事業で美術館を訪れる時は鑑賞体験が中心ですので、まったく新しいアート体験になるわけですね。


館内風景としては、吹き抜けの空間がある建物の特徴が存分に活かされていました。大きな木を作り、渡り廊下にも作品が吊るされているので、美術館全体が深い森のような雰囲気なのです。美術館に自分の作品が展示されるなんて、それを聞いただけで子どもたちのテンションも上がったことでしょう。

今回の「自分の体をかたどった紙」は、それ単体で見るのと、みんなで協力して数多くの「人」の中に置くのとでは、意味合いがまったく違ってきます。空間全体がひとつの「作品」になっていると同時に、自分の作品が社会性を帯びるわけです。展示自体が共同作業となるので、子どもたちの達成感もひとしおだったはず。自分の作品と、みんなの作品を同時に完成したのですから。

さて、私がお邪魔したこの日は、実は展覧会開催の前日でした。バックヤードは、まだ「樹林」制作作業の名残がありました。展覧会にあたっては、造園業者さんに協力を仰いで木々を提供してもらったのですが、まず葉っぱを落とし、虫害の防止のために燻蒸を行ったのだそうです。

作業で使用した道具も、一部はまだそのままの状態。ミュージアムで弾ける子どもたちの笑顔の裏には、いつも、学芸員さんたちの汗があります。それにしても、現在の美術館の学芸員には、DIYのスキルも求められてしまうのですね。大変な労力ですが、その汗を惜しまないからこそ、子どもたちに「届くもの」の大きさも違うのでしょう。

こうしたエピソードを聞いてから、もう一度中庭の作品の前へ。すると、自然にポーズをとってみたくなりました。大人の私でもウズウズッと来たくらいですから、子どもたちなら、考えるよりも前に身体が動いたのでは。想像すると、何とも微笑ましい気持ちになります。

「わくわく★アートスクール」事業は、2017年から続いています。2017年は「星空と生命」、2018年は「つながり」がテーマで、当初から「つくる」「展示する」「完成した展覧会を鑑賞する」という3段階を通して芸術文化を身近に感じ、主体的で創造的な体験学習の機会を提供することを目的としていたそうです。自分が子どものころ、また自分の子どもが通っていた小学校にこんな授業があったら、きっと楽しかっただろうなあ…と思わずにはいられませんでした。

参加した子どもにとっては、最高の思い出になるだけでなく、きっと何かのチカラになる体験。地元出身の彫刻家の作品を数多く所蔵する小規模な美術館という特性を存分に活かした取り組み、その知恵と努力に感心させられっ放しの一日となりました。


本郷新記念札幌彫刻美術館 http://www.hongoshin-smos.jp/

 

なお、こちらの美術館には別館があり、たくさんの石膏原型などが展示されていて、とてもゆっくりと過ごすことができます。併せて取材しましたので、こちら↓の記事もどうぞ。

彫刻家の想いをそのまま伝える美術館 ~本郷新記念札幌彫刻美術館見学記