ミュージアムリサーチャー

ミュージアムレポート

前回にひきつづき、那珂川町馬頭広重美術館での展覧会の鑑賞記です。

 

家族、そして旅立ち

 

美術館入口 切妻屋根から優しい光が差し込みます

晩年の川上の作品には、家族が登場してくるようになります。《偽GIPANG地図》は、川上らしい南蛮趣味とユーモア感覚の結びつきがそのタイトルからもうかがわれる作品です。学芸員の方にうながされてその画面をよく見ると、地名のかわりに澄生本人をはじめとした家族の名前が書き込まれていることに気がつきました。
「ジパング」とは、「南蛮」が日本を夢想してつくった想像上の国。その「南蛮」もまた、実際の西洋というよりも川上の夢想がつくりあげた想像の国。そう考えればこれは、夢想が二重、三重に折り重なりあった地図だということが言えるでしょう。そんな夢の地図が、川上のなかでは彼の家族と結びついています。遠いものへの憧れと近いものへの愛。そんなことを考えながら、この作品を観ていたらなぜかじーんとしてしまいました。

彼が残した最後の作品は、《婦人と南蛮船》と題されています。まるで彼のふたつの憧れの対象を両方描きこんだかのようなタイトルです。ところが、学芸員の方によると、ここに描かれている婦人たちは川上の家族の女性たちであるとのこと。さらに4人が見送る船の舳先には、見送る人々に向かって手を振り返す小さな人物像が。これは川上自身の姿ではないかとのことでした。まるで、家族に見守られながら「アコガレ」の地へとついに旅立った川上を描いたかのように

ガラス絵の制作過程モデル 透明のプラスチック板を重ねて ガラス絵の制作工程を再現

今回の展覧会での収穫は、川上澄生という素晴らしい作家を知ったことと、もう一つ、展示に関する嬉しい発見があったことです。それは学芸員さんの手作りによる、ガラス絵の制作過程のモデル展示でした。ガラス絵は、通常の絵画とはちがって、裏面から描いた絵を表面から鑑賞します。そのため、通常の絵画とは逆の工程で制作されることになります。例えば人物の顔であれば、まず目、鼻、口やほほの赤みなど、通常なら一番最後に描かれる中心部分から描き始め、その上に髪の毛、肌の色をのせていくといった具合です。言葉で説明しても、その難点やおもしろさがうまく想像しづらい技法ですが、このツールを使えばそれを直感的に理解することができます。
学芸員の方は、「自己満足でつくったのですよ」と謙遜されていましたが、いやいやどうして。すこしインクがかすれていて、何人もの方がこのツールを使って鑑賞を楽しんだであろうことがうかがえます。
楽しみながら、さらに作品についての知識を深めることのできるこのツール。形はことなりますが、来館者の方々向けのシステム開発に関わらせていただくことも多いわが社にとって、お手本になることがいっぱい詰まったツールでした。専門家がもつ情報を、一般の来館者の方が楽しんで享受できるかたちに変換して提示するという点では、我々がつくっている来館者システムの理想と同じ。その理想が、このツールでは実現されていると感じました。

 


※「アートリンクとちぎ2007 川上澄生 アコガレの軌跡」展は2007/12/07~2008/03/02に開催されました。現在開催中の展覧会については、美術館のホームページをご覧下さい。

【美術館情報】
那珂川町馬頭広重美術館
http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/

●所在地
〒324-0613 栃木県那須郡那珂川町馬頭116-9
電話番号:0287-92-1199

●開館時間
9:30~17:00(入館16:30まで)

●休館日
毎週月曜日(月曜が祝日の場合は火曜日)
祝日の翌日(ただし土・日曜日は開館)
展示替え期間、館内燻蒸作業期間、年末年始

【 参考サイト 】
鹿沼市立 川上澄生美術館
http://www.city.kanuma.tochigi.jp/Kyouiku_a/Kawakami/index_kawakami.htm