ミュージアムインタビュー

vol.186取材年月:2022年8月紙の博物館

70年以上も大切に継いできた資料情報ですので、
データベース化もじっくりと取り組んでいきます。
主任学芸員   小嶋 昌美 さん

-I.B.MUSEUM SaaSのご導入以前からの長きにわたるお付き合い、誠にありがとうございます。まずは、その当時の状況からお聞かせ願えますか?

小嶋さん:はい、ではもう少し遡って、当館の歴史からお話ししますね。

-ぜひお願いします。

小嶋さん:当館が開館したのは1950年で、当時の王子製紙(現在の王子ホールディングス(王子製紙)及び日本製紙の前身)工場の跡地で記念館として出発しました。現在の場所に移転したのは1998年のことで、私はその頃に移転のための資料整理のアルバイトとして採用されました。

-戦後復興の時期から70年以上も続いているわけですね。弊社はどのタイミングで関わらせていただくことになったのですか?

小嶋さん:移転の少し後、2000年頃だったと思います。館内端末のコンテンツの構築を御社にお願いしたのですが、とても長く使わせていただいたんですよ。

-ありがとうございます。当時はデータベースのご導入ではなかったわけですが、資料情報はどのように管理しておられたのですか?

小嶋さん:代々引き継いできた資料カードとA5サイズの台帳を併用していました。どちらも手書きで、ほかにも来歴などのファイルもありました。

-館として万単位の資料をお持ちですよね。それを複数の用紙に手書きで管理するとなると、相当なご負担だったのでは…。

小嶋さん:そうですね。ExcelやAccess、FileMakerなど、いろいろな管理方法を試してはいたのですが、なかなかピタッと来なくて。企画展やイベントの合間にデータ入力を進めるのも、かなり困難ですし。

-この点数ですと、隙間時間の作業では少々ハードルが高いですね。Excelからシステムへの移行であれば弊社でもお手伝いできますが、紙のカードからの手入力となると人海戦術にならざるを得ませんし…。

小嶋さん:いえ、正直、人員が確保できたとしても厳しかったと思います。なにぶん70年前の旧館時代からの台帳がベースですから。

-と仰いますと?

小嶋さん:当時は漢字や仮名遣いが現代とは異なる部分がありますが、それだけでなく、昔は達筆な方がとても多いんですね。それだけに今の目には逆に読みにくく、中にはほとんど崩し字に近い文字も…。

-なるほど。たとえ予算が付いて入力のアルバイトの方々を雇えても、ふだんから接していないと判読できないわけですね。

小嶋さん:そうなんです。それに、保管場所など移転前の情報のままの記載もあり、知識が必要になったりもしますので、館の職員でなければ、まず無理かと。

-その状態から、よくここまで漕ぎ着けられましたね。頭が下がります…。

 


-さて、そのI.B.MUSEUM SaaSをご導入いただいたきっかけの一つは、展示ガイドアプリの『ポケット学芸員』でしたよね。

小嶋さん:はい、そうです。開館70周年のリニューアルが迫っていて、ちょうどインバウンド対応の必要性も高まっていた時期でした。

-館の70周年の後には、日本の近代製紙業の原点である抄紙会社の創立150周年が来年に控えているとか。

小嶋さん:ええ。それに合わせて関係資料の一部公開を計画しているので、いまはデータベースの準備を急いでいます。

-進捗はいかがですか?

小嶋さん:担当者がそれぞれに管理しているExcelのデータがありますので、いろいろと情報を整備しつつ、揃ったところから一括登録を行っています。ただ、台帳からデータベースに移行するには「右から左へ」というわけにはいきませんので、やはり時間がかかりますね。

-たとえばどんなことでしょう?

小嶋さん:まず、当館では、昔に作られた分類体系から継承しているんです。ほら、こんな感じで…(分類表を示しながら)。

-おお~、これは凄い! 記号が五十音ではなくて「いろはにほへと」で、しかも分類の名称も古風で難しいものが多いですね。

小嶋さん:長い時間をかけて大切に継いできたデータである分、データベース化は慎重に進めるべき点も多いんです。浮世絵を例に取ると、普通は「美術品」として認識するかと思いますが、設置母体の性質上、担当者によっては「印刷物」として扱っている場合もあって。

-なるほど。デジタルデータなら分類に関わらず検索で簡単にヒットさせることができますが、データベース化する以上は、項目をそのままにしてはおけないわけですね。

小嶋さん:仰る通りです。もっと分かりやすいところでは、寸法が「尺」で記載されているのをどうするか、とか…。

-分類や項目以前に、基準そのものをアップデートしながらの作業なんですね。それは手間がかかりますよね…。

小嶋さん:でも、みんなが頑張ってくださっていますから。こういう機会でもないと、なかなか進みませんしね。抄紙会社150年展に合わせて、いまは「ろ」(製紙関連の文書類等)「ち」(製紙関連の記念品等)の分類を作業中で、展示が始まるまでに、何とかデータ化できるように頑張っています。

-繰り返しで恐縮ですが、本当に頭が下がります。システムで運用することを前提とした項目づくりは、他館の例などもご参考になるかと思います。弊社でも情報を蓄積しておりますので、もし迷った時などはお気軽にご相談くださいね。

 


-ところで、ご導入のきっかけにもなったポケット学芸員ですが、その後はいかがですか? 反響などはございますでしょうか。

小嶋さん:想像以上にご活用いただいていますよ。受付や各フロアにアプリの案内パネルを設置してみたところ、立ち止まってダウンロードしてくださっている方の姿も、よくお見かけします。

-それはよかったです。ちなみに、ご導入は、ちょうどコロナ禍が本格化し始めたタイミングでしたね。

小嶋さん:はい、その頃ですね。それ以前は外国人の方のご来館も多かったので、英文の解説も準備していたんですよ。パネルに書かれていないことを配信したかったのですが、その前後に新型コロナウイルスの感染拡大が始まって…。

-来館者と言えば、今日は子どもたちの姿も目立ちますね。

小嶋さん:ふだんから多いですよ。そこで、ポケット学芸員でも、子ども向けのコンテンツの配信も検討したいなと思っています。

-それはよいアイデアですね。先生役と生徒役の掛け合いでナレーションを作っておられる館もありますし、以前の来館者端末のようなクイズ形式などもよいかもしれませんね。

小嶋さん:子ども向けのコンテンツは、まず興味を惹く面白さを優先できるので、気を楽にしてアイデアを考えてみたいんですけどね。公開用のデータとなると、どうしても完全な状態を求めて身構えてしまいますので。

-あちこちの館で耳にするお悩みですが、資料全点を完璧な状態で公開できる館は少数なんですよ。先ほどのデータづくりのように、揃ったところから公開というスタンスでよいかと思います。

小嶋さん:そうですね。この150周年事業に向けて、着実に一歩ずつ進めていきます。

-弊社も可能な限りのサポートを提供いたしますね。本日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。

Museum Profile
紙の博物館 東京都北区は飛鳥山公園の「飛鳥山3つの博物館」の一角で、世界的にも珍しい紙専門の博物館です。1950年、日本の洋紙発祥の地である王子で開館し、1998年に現在の場所へ移転しました。常設展示では、紙の製造工程や種類・用途、紙の歴史にまつわる資料のほか、工芸品や生活用品なども展示。年2~3回ほどの企画展のほか、牛乳パックの再生原料で作る「紙すき教室」などイベントも活発。家族でのお出かけにも最適な人気ミュージアムです。

〒114-0002 東京都北区王子 1-1-3
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