ミュージアムリサーチャー

ミュージアムレポート


長期にわたる工事休館を経て、今年4月28日に新たに開館を果たした神奈川県立歴史博物館。このタイミングで、従来型の音声ガイド専用機器から、来館者の端末に直接配信するスマートフォンアプリへの切り替えを実施。加えて、コンテンツづくりで「もうひと工夫」しているのですが、これがなかなかのアイデアなので、ご紹介いたします。

同館の音声ガイドで解説を読み上げる美声の主は、何と現役の高校生!なるほど、ナレーションは意外に難しいので、いま勉強中の生徒さんたちは、まさに適任。高品質な音声データを低コストで実現できる上に、生徒さんご本人にとっては「腕試し」の場を得られる一石二鳥の試み…と思いきや、現場で見たのは「一石三鳥」の効果でした。


「展示解説のナレーションは誰が読む?」
その手があったか! と思わずヒザを打つ名案、ぜひご参考に

Ep01  音声ガイドのナレーション、多くの館が悩む課題とは?

展示ガイド用アプリ「ポケット学芸員」は、すでに全国40館近いミュージアムに導入されています。音声を配信する館も少なくないのですが、そこで使用するナレーションはどう制作しているのでしょうか。
調べてみると、多くの場合は学芸員を含む職員が読み上げていることがわかりました。典型的な理由は、「専門業者にナレーション制作を委託する予算がなかった」ため。また、開館時に導入した専用端末で配信していた音声データをそのまま「ポケット学芸員」に流用しているケースもあります。この場合は、「昔のデータ」がない展示の解説はテキストのみ、上手く行っても画像どまりとなります。
大規模な企画展であれば、音声ガイドのためのナレーション収録を含めた制作予算が確保できることもあるでしょう。しかし、こうした特殊なケースならともかく、継続的な予算確保は難しいもの。「誰がナレーター役になるか」は意外に頭の痛い問題。音声ガイドサービス導入を検討する際のひとつの「壁」になっていることは間違いなさそうです。

当日、博物館に集まった高校生たち。後ろ姿はごく普通の学生に見えますが、 ひとたび喋りはじめると…いやはや、凄い方々でした。

 

Ep02  とある職員が閃いた妙案、それは地元高校生たちとのコラボレーション!

この「壁」の存在は、再開館を控えた神奈川県立歴史博物館でも同じでした。再開館準備の予算にナレーション制作費を組み込むことは可能でも、年に何回かの特別展、そして企画展を開催するたびに制作費を確保することは困難。さて、どうしたものか…。「高校生ナレーター」のアイデアは、ある職員の閃きがきっかけだったそうです。
県立博物館だけに、県内の高校とのコラボレーションはよくなじみそう。収録の予算にしても、専門業者にすべて任せる時ほど大掛かりにはならないはず。また、高校の放送部は文化部ながら技術を競う全国大会も開かれているので、自分たちよりもずっと上手に原稿を読めるのでは。また、担当してくれる高校生にとっても、「多くの県民が注目する地元博物館の再オープン、そこで流れる音声ガイドに自分のナレーションが使用される」のだから、きっと嬉しく思ってくれるはず。
そんな目論見は結果的にドンピシャ。こうして、大当たりの企画が始まったのです。

 

Ep03  高校に直接電話してまわるのが一番早い? いいえ、もっと早い「近道」がありました

県立の博物館の地元の高校との連携事業なら、高校に直接打診すればいい…と思いきや、実はそうではありませんでした。まず、県内高校生の芸術文化活動を支援する「神奈川県高等学校文化連盟」に相談したのだそうです。こうした活動に積極的な学校をご存じでしょうし、どの放送部にアプローチすればよいのかもお任せできる心強い存在。段取りも実施も断然スムーズだったようです。
集まったメンバーに、博物館関係者は驚きます。何と、「NHK杯全国高校放送コンテスト神奈川県大会」の上位ランカーたちが集結。ふだんは互いによきライバルの高校生たちが、公立・私立や地区の垣根を越えて力を合わせるプロジェクトが実現したのです。

Ep04  声質、発音、抑揚…現代の高校放送部、おそるべし!

出来上がったナレーションは、想像をはるかに超える出来栄えとなりました。余裕たっぷりの落ち着いた話しぶり、きれいで聞き取りやすい発音、ほどよい抑揚…。これはもはや誰がどう聞いても「プロのアナウンサー」にしか聴こえないレベルです。彼らが高校生であることを事前に知っていても、知らなくても(後で知っても)驚くクオリティですので、神奈川県内にお出かけの際はぜひ県立歴史博物館の館内で確認してみてください。
少し暗めの照明の中、スッと耳に入ってくる解説を聴きながら展示物を観賞する充足感。実際に展示の前で博物館の魅力を再確認するような気分を味わうことができました。

Ep05 収録したナレーションの出来もさることながら…

この高校生ナレーションによる音声ガイドサービスは、新しくなった常設展での初お披露目に続き、2018年8月4日から9月30日まで開催の特別展「明治150年記念 真明解・明治美術/増殖する新メディア ―神奈川県立博物館50年の精華―」でも踏襲されました。今回は、音声収録の準備風景を見学することができましたが、何よりも目を引いたのは高校生たちの「プロ意識」でした。
これからナレーションを読む展示について学芸員から説明を受けて控室に戻った彼らは、席に着くやいなや「リハーサル」を開始。大勢のアナウンサーが同じ部屋で別々の原稿を練習しているような風景は、まるで報道番組の舞台裏を見ているような気分です。真剣な表情、心地よい緊張感。ナレーションそのものだけでなく、取り組む姿勢からして「どう考えてもプロ」という彼らの姿を見て、まさに頭が下がる思いでした。

アプリの方も好評です。スマホをお使いの方なら一度説明を受ければすぐ慣れるほどの分かりやすさ。こちらもぜひお試しを。

Ep06  一石三鳥、「三羽目の鳥」とは、つまり…

そんな彼らも、原稿の前から離れれば普通の高校生です。特別展の開催に向けて準備が進む展示室内を案内され、学芸員の解説に聞き入る彼らは、展示内容に興味津々の様子。学芸員の話そのものが滅法おもしろいこともあり、「おー」と声をあげたり、食い入るように展示に見入ったりしていました。
これから自分たちが解説原稿を読む対象物ということもあるでしょうが、この日の彼らは「博物館の楽しさに気づいた」ようにも見えました。そのキラキラした表情を見ていると、展覧会が始まったら、きっと仲のいい友達を連れてやってくると確信せずにはいられませんでした。スマホの操作を説明しながら少し誇らしげにナレーションを聞かせて、その後は一緒に展示を楽しむのだろうなあ…と。

冒頭の「一石三鳥」この三羽目の鳥は、ここにいました。ナレーター本人はもちろんですが、その家族やクラスメイトたちも、きっと「博物館の魅力に気付く」というPR効果です。高品質なナレーターを確保しながら集客にもつながる、何とも素敵な事業。神奈川県立歴史博物館の皆さん、そして素晴らしいナレーションを提供してくれた高校生の皆さんに、心から拍手を贈りたいと思います。

館内にも、県内の高校の放送部員が原稿を読んでいることがしっかりと告知されています。ぜひ多くの方々に聞いて欲しいものです。


(URL)

神奈川県立歴史博物館 http://ch.kanagawa-museum.jp