ミュージアムリサーチャー

ミュージアムレポート

経済活動や社会生活にも甚大な影響を及ぼした新型コロナウイルス感染症の猛威。旅行業界とともに特にダメージが大きいとされる外食産業では、飲食店のアルバイト収入に頼る多くの大学生たちの困窮も大きな問題となりました。ここ石川県小松市では、そんな彼らを支援すべく、市立博物館でのアルバイトの募集を開始。どちらかと言えば救済色が強い事業かと思いきや、これが予測していなかった大きな実りをもたらしたのです。

新型コロナウイルスで困窮する学生を支援するために。

それは、小松市の和田愼司市長の提案から始まったそうです。新型コロナウイルス感染拡大による経済活動への影響は、もちろん小松市の経済活動にも深刻な影を落としています。事業者や生活者の支援に追われる中で、「学校に通えない」「アルバイトもできない」という学生たちにも、市として何かサポートしてあげられないか…。そんな小松市の大人たちの想いから、「博物館でアルバイト」という学生向けの施策が立ち上がりました。

一方、舞台となる小松市立博物館では、今年の春に市制80周年を記念する企画展「写真が語る小松80年の記憶」を開催していました。ベースとなったのは、市の広報課が保管していた大量の写真。平成後半のものを除く大半が紙焼きのままという状態だったのですが、これをスキャニングして約6,000枚もの画像データを作成しました。

緊急事態宣言の発令による臨時休館があったものの、明けてからは会期を延長し、展覧会は無事に終了。これを機に画像データをデータベース化できればよかったのですが、コロナ対策などで館職員は多忙を極め、そのままサーバに保存するので手いっぱいでした。そんな中で救世主となったが、前述のアルバイト学生たちです。

せっかく来てもらうなら…と、二木裕子館長は考えました。現在利用中の収蔵品管理システム<I.B.MUSEUM SaaS>で画像をデータベース化し、さらにインターネット上で公開する。この作業を学生さんたちに手伝ってもらえれば、博物館の情報発信の強化にも役立つかもしれない。こうして、学生支援策の中身が固まりました。

学生の奮闘で、6,000枚の写真を公開。

採用した2名の学生アルバイトは、6月から8月にかけて、土日に博物館に来て作業にあたりました。一人は地元出身で他地域の大学に通う男子学生、もう一人は岡山県出身で公立小松大学に通う男子学生という組み合わせです。博物館としても、システムへのデータ登録を学生アルバイトに任せるのは初の試みで、マニュアルなどは未整備。そこで、担当者と学生が話し合いながら作業方法を模索していくことになります。

作業内容を具体的に見てみましょう。まず、画像データが表示されたWindows Explorerの画面をそのままプリントアウトします。写真についての情報はファイル名に含まれているので、それをMicrosoft Excelでリスト化する作業を行います。この際、「小松市80年のあゆみ」展で担当者が作っていた各写真の解説文をExcelに入力。ある程度まとまってきたら<I.B.MUSEUM SaaS>にアップロード。Explorerを画像表示に切り替えた画面と、先のプリントしたものをチェックツールとして活用し、画面上で写真データと文字情報を確認し、画像データをひとつずつアップしていったそうです。

もともとと新たな居住者である2人にとってはいずれも「地元」ではありますが、古い地名などは馴染みがありません。このあたりは、館長や学芸員のサポートを仰ぎながら少しずつ作業が進み、ついにデータベース化が完了。約6,000点もの地元の懐かしい写真の数々は博物館の資料データベースの中で公開されました。また、その一部は街歩き用地図アプリ「にっぽん風景なび」用のコンテンツに組み込まれるなど、さらなる成果を呼び込みました。

お手柄の学生たちは、「学校と家の往復では市のことを知る機会が乏しかったが、このアルバイトを通じて市の歴史をリアルに学ぶことができた」と満足げな表情だったとか。「博物館でアルバイト」という救済策は、普通のアルバイトでは得られない体験となったわけです。彼らは、アルバイトを通じて使用したデータベースの運用について、とても建設的な提案を含んだレポートも提出してくれたとか。博物館にとっては、完成されたデータベースだけでなく想定外の財産まで得たことになります。

学生たちの成果を、文化資産として地域へ活かす

現在、博物館では、学生が残した写真データベースという資産を効果的に活用するいくつかの方法を検討しているそうです。たとえば…。

ホームページとデータベースでの「特集」

今回の写真は、現在は博物館の収蔵品データベースの一部と位置づけられていて、すでに登録済みで公開されていた写真とともに公開されています。そこで、まずは今回の写真を対象に「写真が語る小松80年の記憶」といった固有のキーワードを付与し、検索・抽出しやすく整えます。さらに、テーマや年代などで絞り込むことができるようデータを整備していくことを検討中とのことでした。

同時に、ホームページでは「市庁舎」「芦城公園」といったテーマを設定し、検索結果としてまとめて呼び出すことで「特集」コンテンツを創設することを検討中。テーマはたくさん挙げられるので、連続コラムのような方法で発信していくこともできそうです。これなら、今回の写真データをより気軽に楽しんでもらえるのでは…という期待も高まります。

街歩きコンテンツとしての改善

すでに街歩きアプリ「にっぽん風景なび」で写真を配信しているものの、アプリの仕様上、6,000枚を公開するとアプリ上の地図がびっしり埋まって見づらくなってしまうため、現在は写真を厳選して配信しています。しかし、ホームページに地図のコーナーを設け、テーマごとに切り替えるような機能を搭載できれば、より多くの写真を地図上で紹介することができるようになります。何しろ数千枚規模の写真ですから、テーマごとに上手に分けて地図に置いていけば、「昔の写真を見ながらの街歩き」をたっぷりと楽しめるコンテンツになるのではないでしょうか。

ワークショップで「いま」との対比

さらに、博物館のワークショップでも活用できます。昔の写真の場所に出向き、その場所の現在の写真を撮影してデータベースにアップすれば、昔と今を対比するコンテンツにアップグレードできます。ワークショップ参加者も、昔の写真を見ながら同じ場所を見つける楽しみに加え、自分が撮影した写真が博物館のデータベースで公開されるわけですから、参加の際の充実感は一層高まるはずです。博物館業界の内部からの視点で見ても、データベースがそのまま「利用者参加型コンテンツ」になるという全国的にも珍しい運用が可能に。地域や利用者とより密接な関係を築くことができる施策となり得ます。

 

現時点ではアイデア段階ではありますが、このように、アルバイトとしてやってきた学生たちが工夫を重ねて残してくれたデータは、地域と博物館にとってより大きな可能性を秘めた財産となりました。コロナ禍の学生支援策が生み出した成果が、今後、どのくらい大きな果実へと成長するのか。楽しみは膨らむばかりです。


 

小松市立博物館 http://www.kcm.gr.jp/hakubutsukan/

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