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わせだマンのよりみち日記

2021.03.17

人工知能も太刀打ちできない「学芸員のチカラ」

#私的考察

日進月歩で進化を遂げるAI技術。翻訳や画像認識をはじめ人工知能の活用舞台は大きく広がっていますが、いずれはミュージアムでも活躍することになるのでしょう。その一方、昭和を知る身としては、「人のチカラ」を信じていたり。館を訪問し、学芸員の仕事にふれるほどに「この業務はそう簡単に代替できるものではない」と確信を深めてきました。

さしたる根拠があるわけではなく、あくまで感覚的な話に過ぎないのですが、さほど的外れでもなかったようです。少し前の話題で恐縮ですが、オックスフォード大学のカール・フレイとマイケル・オズボーンの両氏が2013年に発表した論文『雇用の未来』では、多種多様な職業について、コンピュータの発展に伴い今後10〜20年のうちに消える可能性が数値化されています。これによれば、博物館学芸員がAIに代替される可能性は、わずか0.7%とか。まさに「人のチカラ」の職業であることが証明された格好です。

わが意を得たりとは、このことです。「種の存続」はほとんど間違いなしとのお墨付きを得て気分上々の反面、別の数値では複雑な気分も味わいました。それは「銀行の融資担当」、つまり私の前職です。近い将来、コンピュータに駆逐される確率は、何と98%。メガバンクの法人営業と言えば、かつては「安泰」の代名詞のような立場でしたが、実は8年も前に「絶滅危惧種に指定されていた(?)わけですね。実際、この論文の後、堰を切ったように「失業のピンチ」「AIが行員として採用される」「もう人間である必要はない」といった続報や考察があふれ、ずいぶんと凹んだものです。

ある地方の小規模館で、常設展示の中でおすすめはどれかと訊ねたことがあります。学芸員は迷わずひとつの展示物の前に立ち、その1点について30分ほど解説してくださいました。長い時間のように思えますが、実際は笑ったり、驚いたり、感心したりと、とてもエキサイティングな内容で、文字通り「あっという間」に感じたものです。知識の深さと正確さ、私の反応を確かめながら話の流れを組み立てる話術、そして相手に楽しんで欲しいと願う真摯な熱意…いかなAIと言えども、このスキルはそう易々とはコピーできないに違いありません。

ミュージアムの学芸員と接する機会が多い私の毎日は、知的な彩りに満ちています。そんな仕事に就けた幸運を噛みしめるばかりですが、ひとつ残念なのは、そんな学芸員のチカラがあまり知られていないこと。いや、知られてはいますが、もっともっと知られるべき。館に出かけ、彼らと会話を交わすたびに、そう思います。

歴史的な資料も、素晴らしい芸術作品も、専門家である学芸員の解説が添えられて、初めて私たちはその価値を正確に知ることができます。それはつまり「情報」ですので、コンピュータの得意分野であるように思えますが、今を時めく人工知能を持ってしても太刀打ちできないほど奥が深い仕事なのですね。

世界中の耳目を集めた論文から8年。凄まじい勢いで進化するAIですが、さて、あれからどこまで学芸員に近づけたのでしょうか。ちょっと気になるところです。