ミュージアムインタビュー

vol.143取材年月:2019年2月愛知県美術館

システムの思想も、デジタルデータの扱いも。
時代の変化を軽視しないことが大切だと思います。
学芸員 副田 一穂 さん

-長くお使いいただいたオーダーメイド型の I.B.MUSEUM からクラウド型の I.B.MUSEUM SaaS に移行されました。まずはその経緯からお願いします。

副田さん:私が着任した2008年4月の時点で、旧システムはすでに稼働していました。昨年、クラウドへ移行する方向となって、私がその担当をすることになった時に改めてデータベースについて勉強したのですが、ここで旧システムが目指していた方向性が明確に理解できたんです。

-ということは、それ以前は「理解できない」点があったのでしょうか…?(汗)

副田さん:いえ、そこまで強い違和感ではなく(笑)。しっかりしたシステムでしたし、アートドキュメンテーションを専門とする職員がいた当時は使いやすかっただろうな、と納得できるのですが、今となってはもう少し簡易化できるかなと感じる機能があったり。

-なるほど(安堵)。つまり、現在は「みんながスムーズに使える」という視点がより重要になったということですね?

副田さん:そうなんです。たとえば、当館では、名古屋の著名な美術品収集家・木村定三氏とそのご遺族から3,000件以上の作品を受贈したのですが、それを一件一件調査して、メタデータを整理して、それからシステムへ登録する、という作業はなかなか大ごとです。一時期からスムーズにいかなくなってしまいました。

-それは大変ですね…。

副田さん:それで、ようやく最近になって、財産目録と作品目録を突き合わせながら、徹底的に遡って整備し始めました。そんな中でシステムの更新時期を迎えたので、「このままの状態で運営を続けられるのか」と見直すキッカケになったんです。

-「旧システムは少々重すぎる、もっとシンプルに」という感じでしょうか?

副田さん:そうです。ある学芸員が「フルコースは無理でも、ランチプレートのように毎日きちんと料理をのせられるものにしよう」と表現していましたが、まさにそんな感覚でした。

-なるほど、よく耳にするお話です。時代は変わっていきますよねえ(しみじみ)。


-と言っても、作り込んだ専用システムからクラウドサービスへの移行です。やはりご不満も出るのでは?

副田さん:細かく見ていけば色々ありますが(笑)。でも何より、みんなできちんと使いこなせるようになったことが大きかったですね。

-I.B.MUSEUM SaaS の外で帳票を作るプログラムを別にご用意させていただきましたね。あれは旧システムが搭載していた機能だったのでしょうか。

副田さん:いいえ、職員それぞれがExcel等で行っていた作業のひとつです。移行にあたって業務フローを見直していた時に、できればシステム側でサポートして欲しい部分と判断しました。

-システムとともに業務フローも改善されたわけですね。

副田さん:4月のリニューアルオープンに向けてのウォーミングアップ中といったところですけどね。もともと、改修工事の休館中にデータベースを整備するというプロジェクトですので。

-システムの中身だけでなく、公開ページも画像などが充実しましたよね。

副田さん:最初に6,000枚ほどの写真フィルムのスキャニングを実施しましたからね。旧システムの公開ページも、世界地図や年表・主題から検索できるこだわりの作りだったのですが、画像が少ないのが難点だったので。

-画像と言えば、新しい公開ページでは「ダウンロード可」としたことで話題を集めましたね。このあたりも少し詳しくお聞きしたいと思います。


-画像を自由にダウンロードというのは、日本の美術館のサイトとしては極めて珍しいケースだと思います。

副田さん:いろいろと議論がある話題ですので私なりに調べてみたのですが、所蔵作品の画像は著作権が切れると自動的にパブリックドメインという扱いになります。撮影者が著作権を有する立体作品など例外はありますが、基本的に美術館は画像の著作権を持っていません。であれば、ダウンロードを制限する根拠は、実はどこにもないのではないか、と。

-法律論としてはそうだとしても、なかなか踏み切れないのが現状です。

副田さん:仰る通りです。そこで、じゃあ「制限を取り払ったら、何が起こるのか」という点について検証したんです。

-興味深い議論ですね…。発言権なしでいいので参加したかったです(笑)。

副田さん:当館は、もともと画像データを無料でお貸ししていますので、仮にWEBからダウンロードされたからと言って、収入には響かない。利用申請から許可、という手続きも形式的なもので、お断りするケースはほとんどありません。だから、特にデメリットのようなものは見当たらないんですよね。展示室内の撮影とは違って、ほかのご来館者の方々のご迷惑になるようなことも、作品の破損につながるようなこともありませんしね(笑)。

-お断りする理由がない、と(笑)。

副田さん:もちろん、議論の中ではいろいろと指摘も出ました。たとえば、「作品画像の掲載歴が把握できなくなるのではないか」という意見はありましたが、しかし現状でも例えば画集をスキャンして黙って論文に載せられれば、所蔵館は把握できませんからね。

-なるほど。議論そのものがあまり意味を成しませんね。

副田さん:当館の場合、クリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》の画像の貸出依頼が一番多いのですが、よく旅行サイトなどで当館をご紹介いただく際にも使われているんですよ。とすると、掲載歴そのものが、完全管理が必要なほど重要な情報ではないのかもしれない、と。

-では、画像を加工されるかもしれないという危惧についてはいかがです?

副田さん:確かに気持ちのいい話ではありませんが、それですら、法的には止める権利はありませんからね。やはりスキャンして加工したら同じですし。

-突き詰めて考えると、「すべて逆も成り立つ」という感じですね。システムそのものも、あり方が問われる時代が来るのかも…。

副田さん:「情報を守る」という設計思想がベースの I.B.MUSEUM SaaS は、「ネット上に公開する情報を選別する」、つまり「開示する時に手順が発生する」仕様となっていますよね。これからは、逆に「開示しないようにする時に手順が要る」という意識に変わっていくのではないかなと思うんです。

-なるほど…。確かに、作業プロセス自体よりも、思想が真逆ですね。まさしく「時代の流れ」で、そうなるかもしれませんね…。

副田さん:文化財保護法が改正されたこともあって、保存と活用という相反することの両立が今まで以上に求められるようになります。両者の溝をある程度埋めてくれるのが画像データの公開だと思うんですよね。インターネットの検索で引っかからない情報は、まるで「存在しない」かのように捉えられてしまう時代になってきましたから。

-その点について私も考えたことがあるのですが、複数の情報がヒットしたら画像があって内容が充実しているように見える方を参照すると思います。考えさせられますね…。

副田さん:当館の現在の考え方に基づくと、インターネットに出した所蔵作品の情報がよい意味で拡散すれば、強力な館のPRになるわけです。時代の変化を軽視せずにこれからもデータを整備して、可能な限りどんどん公開していきたいですね。

-弊社も積極的にお手伝いできるよう頑張ります。本日は非常に勉強になりました。ご多忙の中、ありがとうございました。

Museum Profile
愛知県美術館 栄駅直結という好立地にあり、クリムトやピカソ、ボナールやエルンストなど20世紀美術に関する充実したコレクションを誇る人気の美術館。他にも愛知県出身の工芸家・藤井達吉とその研究会から受贈した1,477件の作品(藤井達吉コレクション)や、名古屋の著名な美術品収集家・木村定三氏とその遺族から受贈した3,307件の作品(木村定三コレクション)など、収蔵作品は充実のひとこと。2019年4月に予定しているリニューアルオープンが楽しみです。

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