ミュージアムインタビュー

vol.82取材年月:2012年7月下関市立近代先人顕彰館(愛称:田中絹代ぶんか館)

今あるものを未来に引き継ぐのが、館の責任。
「忙しい」のはこちらの事情、お客様には関係ありません。
学芸員 吉田 房世 さん

-開館前にシステムをご導入いただきましたが、まず当時のお話からお聞かせいただけますか?

吉田さん:私は開館2週間前に着任しましたが、その時点でもう稼働していました。

-なんだか常にお忙しいと伺っていますが、開館してもう2年ですよね? まだ落ち着きませんか?

吉田さん:そうなんです。当館には1階の文学館、2階の田中絹代の記念館と性質の違う2つの分野がありますが、学芸員が一人しかいないんです。

-はい? 学芸員が一人? 吉田さんお一人?

吉田さん:ええ。2つの分野の資料の把握から企画展の開催まで、私が一人で回すしかなくて。

-いや、ちょっと待ってください。企画展の開催って、年にどれくらい?

吉田さん:常設展、特別展と合わせて11本のペースですね。常設は3か月に1回のペースで入れ替えることにして、それを3年分用意しました。

-まさか…。常設と言っても新しい館ですから、ゼロから作られるわけですよね。それに「3年分」って、どういう意味でしょう?

吉田さん:紙資料は紫外線に弱いので、展示は3か月くらいが限度なんです。そこで3か月に1度、常設の資料を入れ替えながら、バランスよく計画的に展示しよう、と。お客様を飽きさせないことにもつながりますしね。

-あの〜、吉田さんはどういう経緯でこちらに?

吉田さん:もともとは文学館の担当学芸員として採用されました。ところが、田中絹代記念館を担当していた学芸員が退職することになって、映画資料の勉強も始めたんです。

-そんなバカな…。お一人でなんて、倒れますよ?

吉田さん:身体は大丈夫ですけど、「展示に深みがない」というご指摘をいただくことはあります。それが残念で。

-むしろ、それで済んでいるのが不思議なくらいかと…。とすると、システムどころじゃないですよね…。

吉田さん:いえ、そんなことはないですよ。当館には、新しい情報をシステムにどんどん登録しないといけない事情もありますから。

-そんな…(絶句)。そのご事情、詳しく教えていただけますか?

吉田さん:ご覧いただいた方が早いと思いますので、展示室へどうぞ。

-はい。そんなバカな…。

-(来館者向け端末の前で)これは、弊社が構築したデータベースですね。

吉田さん:ええ。ここは地元作家にまつわる資料が中心の文学館スペースなんですが、現役作家さんのご活動を応援するのも、当館の役割でして。

-なるほど。

吉田さん:新しく刊行された出版された出版物は、単行本に限らず、雑誌も含めて入手してデータベースに登録していかなければならないんです。

-でも、これ…ファッション雑誌がありますよ? ここまでリサーチして収集されているんですか!

吉田さん:ええ。

-でも、どうやって? 次にどの雑誌に原稿が載るかなんて、事前に分からないでしょう?

吉田さん:はい。ですから、プライベートの時間を使って、地道に本屋さんに通っています。

-そんなバカな…(絶句)。

吉田さん:すべてを網羅するのは難しいですけどね。あらすじの情報を入れているものもありますよ、ほら。

-つまり、ご自分で読んで、原稿を書いておられると…(絶句)。

吉田さん:でも、システムは当館がお願いした仕様通りのようなので、快適に使っていますよ。

-いや、そんなはずはない。吉田さん、システム構築には関わっておられませんよね?

吉田さん:ええ。でも、「こういうもの」と思っていますから。

-使いにくいところ、ご不便なところ、ありますよね? どこです?

吉田さん:えーと…。

-必ずおありのはずです。

吉田さん:そう言えば、作家の登録が少し大変かな? 作品情報と一緒に登録する時、作家管理画面は別になっているので、ちょっと面倒でしょうか。

-なるほど、よくわかります。作家情報の表記にばらつきを出さないための仕様なのですが、実はつい先日も他館からご指摘がありました。早速、社で議論します。ほかには?

吉田さん:あと、来館者向けの画面を管理システムでプレビューできる機能がありますよね。モニターのサイズの違いだと思うんですが、プレビュー画面は下の方が切れてしまうんです。仕方なくブラウザの機能で縮小すると、今度は改行の位置などが実物と違ってしまって。

-ふむふむ(メモ中)

吉田さん:本文中に改行を入れるのですが、実際の端末での表示の確認に手間がかかって。できれば、実物に忠実なプレビュー機能が欲しいです。

-ご面倒をおかけして、申し訳ありません、これも課題といたします。それにしても、これだけお忙しい中でそこまで細やかな気遣いをされるとは…。

吉田さん:熱心な来館者は、細かい部分までご覧になっていますから。指摘を受けた時は、正直「そこまではご容赦を」と思うこともありますが、できる限り対応していくことで、館として成長していくと思うんです。

-それは素晴らしいのですが、ご負担が…。

吉田さん:多くは、ちょっとしたことなんですよ。改行で見やすくする、というのは、少し労力を割けばできることですから。展示のセンスやキャプションの内容を褒めていただいた時は、疲れも吹き飛びますし。

-なるほど…。ほかにはございませんか?

吉田さん:あとは一括登録機能かな? 一部の項目は対象外になってしまうので、できれば改善していただけたら。そうそう、昔の資料には「銭」や「厘」という金額の単位があるのですが、その欄がないのが不便かな。

-分かりました。これも検討課題とさせていただきます。

-(2階へ移動して)こちらは、映画情報用の検索端末ですね。昔の映像フィルムなんかは、ご年配の方に喜ばれそうですね。

吉田さん:ええ。1時間くらい座り込んで閲覧する方もおられますよ。「こんな資料も集めて欲しい」というリクエストもいただきますし。

-それもお応えになるんですか…。そこまで頑張れる理由は?

吉田さん:何でしょうね(笑)。ひとつ言えるのは、忙しいのはこちらの事情であって、ご来館の皆様には関係ないということでしょうか。

-……。

吉田さん:わざわざ足を運んでくださるわけですから、なるべくご満足いただけるものにしたいですしね。

-言葉がありません。でも、ここまでご多忙だと、館の将来なんて考える暇もないですよね…?

吉田さん:そんなことないですよ。システムに関して言えば、私にとってのデータベースは、「過去の蓄積を整理するもの」というより、「今あるものを将来に引き継ぐためのもの」だと思っています。だから、できるだけ頑張って情報を充実させることが目標になりますね。

-仰る通りだと思います…。

吉田さん:「嘘のない情報」をみんなの共有財産にすることは、地元の先人の偉業を敬い、後続の皆さんを応援するという、当館の責任そのものですからね。

-感服いたしました。私たちも気を引き締めて、忙しいことを言い訳にせず、可能な限りのサポートを尽くしたいと思います。本日は、本当にありがとうございました。

<取材年月:2012年7月>
Museum Profile
下関市立近代先人顕彰館(愛称:田中絹代ぶんか館) 旧逓信省下関電信局電話課庁舎を改修し、2010年に開館。1階は赤江瀑、田中慎弥、中本たか子、林芙美子、船戸与一、長谷川修、豊田行二ら下関市ゆかりの作家や作品などを紹介するふるさと文学館。2階は日本映画界に一時代を築いた大女優・田中絹代の遺品や出演作の台本、ポスター、スチール写真など貴重な映画資料の展示を行う記念館となっています。古い時代に思いをはせ、現役で活躍する作家を知ることができる、下関の新名所に相応しいミュージアムです。

ホームページ : http://www.kinuyo-bunka.jp/
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