ミュージアムインタビュー

vol.177取材年月:2022年1月名古屋市美術館

作品情報だけでなく、館の過去の活動まで。
次代が“活用”しやすいデータベースづくりを目指して。
学芸課長  井口 智子 さん
学芸員  勝田 琴絵 さん

-実は、十数年前にお邪魔したことがあるのですが、当時はまだシステム導入のお話が具体化する段階ではありませんでした。最近になって実現されましたが、早くも公開ページがふたつも出来上がりましたね。まずは導入背景からお聞かせください。

井口さん:私が着任したのは2017年4月で、その時点では約6千点の作品データがExcelで管理されていました。画像もありましたが、先輩方は多くの作品の形状や寸法などを記憶しておられ、業務では、Excelのほか年報なども利用されていました。

-なるほど、下地はきちんと整っていたのですね。

井口さん:そうなんです。ただ、システム導入のタイミングがなかなか巡ってこなかったようです。その意味では、収蔵品の知識がない私が他館から着任したことが、ひとつの転機となった面はあったのかもしれません。

-最初から公開を前提としておられたのですか?

井口さん:はい。いま取り組んでいる「デジタル教材」の検討を進める中で、システムの導入へと動き出しました。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、オンラインでの情報発信が求められたことも要因のひとつかと思います。

-子ども向けのコンテンツは、「ふたつ目の公開ページ」の機能をご利用ですね。まさにお手本のような活用法だと思います。

井口さん:ありがとうございます。これまで紙製のアートカードを使ってきましたが、デジタル教材の第一歩として、まずは45件のバーチャルアートカードをアップしました。子ども向けの解説も、学芸員で手分けしながら新たに書き起こして。公開ページをふたつ持てる機能は本当に助かりました。

-一般向けの準備だけでも大変なところ、子ども向けの専用原稿まで新規で書き下ろすとは。ただただ頭が下がります。

 


-元のデータが整っていたのは分かるのですが、それにしても公開が早いですよね。データ移行や情報内容の確認を考えると、少なくとも数か月、長ければ数年かかることも珍しくないですし。

井口さん:データ公開から子ども向けページの開始まで、年度内に行う必要があったんです。細かい部分では再確認が必要になることは分かっていましたが、まず公開して当館の所蔵品を知っていただき、今後の活用につなげたいという思いもありました。

-そう踏み切れたということは、データの完成度が高かったのでしょうね。

勝田さん:仰る通りです。Excelのリストが整備されていただけでなく、文字情報と画像データを紐付けやすいように、写真撮影のスタッフが画像ファイル名を工夫してくれていました。長い時間をかけて編集してきたデータなので表記の揺れなどはありますが、逆に言えばその範囲での修正にとどまったので助かりました。

-先を見通してデータを整備してくださっていたのですね。確認や修正作業は現在も続けておられるのですか?

勝田さん:はい、作品データの整備は自分の業務にも、仲間の仕事にもプラスになりますから、真剣に取り組んでいます。デジタルデータではありますが「こんな業務のためには、このような情報にアクセスできたらいいな」という感じで、「データベースを使って何をするのか、どうしたいのか」という感覚を大切にしています。

井口さん:当館の所蔵品を広く知っていただくだけでなく、研究者や美術好きの方々にご活用いただく器にもなると思っています。デジタル教材の整備も進めていきたいですし、情報を集約することで学芸員の作業の効率化にもつながるという派生的な効果もあると思います。

-お話をうかがっていると、今後もどんどん育っていきそうで、とても楽しみです。

 


-さて、実際に利用なさってみてのご感想はいかがでしょうか。

勝田さん: Excel時代はテキストと写真とは別に管理されていましたが、今は画面上で並べて表示できるので、情報の間違いがあれば見つけやすく、直しやすくなりました。また、すべての情報をフラットに検索できるので、普段活用する機会が少ない収蔵品を従来とは違った文脈で発見したり。導入後、担当したコレクション展を企画する際に、さっそく効果を実感しました。

井口さん:機能面では、クリップリストが想像以上に便利ですね。自分の担当ではない展覧会を手伝う時などは、担当者が作ったリストを引き継いで使うこともあります。

勝田さん:館内でも使用を推奨して、その便利さをスタッフに知ってもらっています。あとは、リスト内の並べ替えが自在にできれば、なおよいですよね。

-なるほど。展示作品を登録して出品リストとして出力するような作業なら、その展覧会の出品順に並んでいた方が使いやすいですね。これは開発の課題とさせていただきます(メモ)。

勝田さん:あとは、著作権法の改正を受けて、公開可能なサイズの画像をワンクリックで生成できたらいいな、と思います。当館は特に、著作権がまだ切れていない近現代の所蔵品が多いので。

-承りました。これから多くの館で必要になると思いますので、さっそく社内で会議にかけます(メモ)。公開後の反響などはいかがですか?

勝田さん:さっそく効果がありました。作家の関係者からご連絡をいただくなど予想外の出会いもあったり、これまであまり問い合わせがなかった作品に対して他の美術館さんからご質問をいただいたりしました。

-それは素晴らしい。今後のビジョンや課題などは?

井口さん:まずは、先ほどの子ども向けアートカードをさらに磨き込んでいきたいですね。そのためには、もっと利用度を高めないと。

勝田さん:また、作品の寄贈を受ける際には、作家のスケッチやパフォーマンスの記録写真など、作品以外の資料も一緒にいただく場合が多いですが、こういったアーカイブ資料の情報についても公開へ向けて整備していきたいと考えています。

-最近はアーキビストを採用する美術館もありますから、その方面のニーズが高まっているのでしょうね。

勝田さん:学芸員の世代交代が進む中、美術館の長年の活動で生まれた蓄積をどのように次代へと継ぐかについては大きな課題と感じています。あるひとつの作品に関して、学芸員の調査・研究の成果がこれまでどの展覧会やどの講演会・広報紙で取り上げられてきたか、どのような教育普及プログラムで活用されて来場者にどのように受け止められたか…といったことまで分かれば、世代が変わっても活動を継承し過去に積み重ねていくことができると思います。

-なるほど、非常に重要なお話ですね。

勝田さん:データベースをサイズや技法といった単なる作品情報の参照場所だけに留まらず、作品を基点にして美術館の過去を参照しやすくするためのインデックス機能を持つような場所に育てていければと考えています。

-そこまで行き着けば、データベース自体が美術館の財産になりそうです。本日は非常に有意義なお話をうかがえて、個人的にも嬉しく思います。ご多忙の中、本当にありがとうございました。

Museum Profile
名古屋市美術館 名古屋市の中心部、緑豊かな白川公園にある美術館。地元出身の建築家・黒川紀章の設計による個性的な建物は、西欧と日本の文化、歴史と未来の共生がテーマとか。郷土ゆかりの作家の作品はもちろん、エコール・ド・パリやメキシコ・ルネサンス、日本の現代美術と多彩なコレクションを誇ります。また、金曜日の夜間開館、講演会やワークショップなどのイベント、さらには子ども向けのプログラムにも積極的な名古屋のアートの中心地です。

〒460-0008
名古屋市中区栄二丁目17番25号
(芸術と科学の杜・白川公園内)
電話 052-212-0001
ホームページ:https://art-museum.city.nagoya.jp/