ミュージアムインタビュー

vol.162取材年月:2020年3月西宮市大谷記念美術館

日本の美術館の情報発信は、まだまだ、これから。
関係者みんなで盛り上げていきたいですね。
館長  越智 裕二郎 さん
学芸員 内村 周 さん

-館長と初めてお目にかかったのは、兵庫県立美術館にいらした頃ですよね。

越智さん: そうでしたね。美術作品情報のデジタル化に関わり始めてから、もう随分時間が経ちました。その前にいた静岡県立美術館勤務の頃にもデータベースのご相談に御社をお訪ねしたこともあります。…1990年代半ばの話ですけど。

-それはまた貴重なお話を…MS-DOSの時代でしょうか。

越智さん:ええ、PC-98の頃ですね。全国美術館会議では、まだワーキンググループといっていましたが、そこで美術館の作品データベースの公開化、デジタル化について旗振り役のようなことをしていました。

-いま、日本中で作品データベースを公開する美術館が増えていますが、当時の館長たちの活動が礎になっているのですね…。まさに先見の明で。

越智さん:先進館を訪ねては、その事例公開をコツコツと発表していました。とは言え、日本の美術館の情報発信環境はまだまだこれからと痛感します。ジャパンサーチの立ち上げをきっかけに、海外からもっとアクセスされ、盛り上がっていくとよいのですが。

-実際、こちらに着任されるや否や西宮市大谷記念美術館の作品データベースの公開に着手されましたよね。実現までも猛スピードで。

越智さん:いえいえ、頑張ったのは学芸員ですから。

-職員の皆さん全員の勝利ですね。自治体との意見調整などはいかがでしたか?

越智さん:着任と同時に、デジタル化と公開の重要性を当時の西宮市長に直接訴えていました。丁度市長も西宮市の文化財データベースを考えていて、市の方々も理解してくださって、館としても実にありがたく思っています。

-トップの意思疎通が円滑だと、推力が違いますよね。結果として実現された「にしのみやデジタルアーカイブ」、貴館を含めた関係諸機関のデータが集約されていて、よくできていますよね!

越智さん:ありがとうございます。貴殿はもと・地元ですものね。

-はい(インタビュアーは西宮市出身)。懐かしい写真もたくさんあるので、仕事を離れて個人的に時々拝見してます。いやあ、癒されてます!

 


-それにしても、導入から公開までのスピードが凄かったですね。1年もかかっていないのでは。

越智さん:7~8か月くらいですかね。

内村さん: 2002年頃、開館30周年事業で導入したシステムで整備した画像データをうまく活用できました。ポジフィルムのデジタル化を推進していましたので。

-ゼロからコンテンツを作っていたら、ここまで短期間での作業は厳しいですよね。

内村さん:ただ、データベースを使えるのはオフラインの専用端末1台のみでしたので、日常業務よりも画像データの貸出などで利用していたんです。その後の新しい収蔵品については画像データがないものもあったので、この事業を機にデジタル化を行ったという構図です。

-なるほど。では、台帳はどうされていたのですか?

内村さん: 私が就職した2000年代初頭には、すでにExcelで管理していました。このデータがあったことも幸いしました。

-でも、公開されたデータベースは、英語版もありますよね。翻訳作業などでご苦労があったのでは。

内村さん:あれは、開館40周年の展覧会を開催した際に作成したバイリンガルの図録がベースになっているんですよ。実は、英文のデータもある程度は揃っていたので、原稿の下地にできたわけです。

-本当に、現時点での「過去の蓄積」の集大成といった感じですね。ところで、あれだけ多数の作品画像を公開されたとなると、著作権の処理などはさすがに大変だったのでは。

越智さん:あぁ、そこは本当に大変でした。ね?(笑)

内村さん:はい(笑)。実は、公開用システムの導入では、私は著作権者との折衝を担当していたんです。

-え、そうなんですか。そのお仕事は「とにかく大変だ」とお聞きしますが…。

内村さん:日頃からコンタクトを取っている作家さんやご遺族の方ならスムーズなんですけどね。この時はそうしたケースがむしろ少ないくらいで、現在の著作権者を探し当てる作業から行うケースもありました。

-うわあ…。

内村さん:ご遺族の方々と個別に直接お話しすることもあれば、一括管理しておられる団体のルールに則した手続きを必要となることもあります。ほかにも、費用が発生するケースもありますからね。予算の範囲で対応できなければ、画像の公開は見送るしかないですから。

-そもそも、著作権者を特定するだけでも大変なのでは。どうやって調べるのですか?

内村さん:たとえば、その作家さんの展覧会を開催したことがある美術館を見つけたら、そちらの担当学芸員に話をお聞きしたり。でも、その館が画像の公開を交渉中ということもあります。その際は、交渉が終わるのを待つしかありません。

-考えただけで寒気がしますね(笑)。書類のやり取りも多そうです。

内村さん:ええ、原則としては書面で承諾をいただくことになりますが、その書面が戻ってこないこともありますし。

-本当に頭が下がります。

越智さん:こうした学芸員の地道な活動が全国のミュージアムを支えているんですよ。本当にご苦労さまです(笑)。

内村さん:いや、恐れ入ります(笑)。

-現在は、どのくらいの作品を公開できているのですか?

内村さん:画像を公開済みの作品は、今のところ8割前後でしょうか。

-改めて、データ公開の背景には凄まじい労力があることを思い知ります。いや、勉強になります。

 


-さて、こうして公開を実現して、何か変わったことはありますか?

内村さん:まず、他館からの問い合わせが増えましたね。他館で開かれる展覧会で当館の作品をご覧くださる方が増えると思うと、嬉しいですよね。

越智さん:彼らの頑張りで、英語も含めて公開できましたからね。これで当館もスタンダードな美術館になったと思うと、スタッフには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

-今後のご予定は?

内村さん:公開ページの「ピックアップ」の欄に10点表示していますが、これは増やしていきたいと考えています。あとは、まず解説を充実させることでしょうか。

-今後開催される展覧会の図録に載せた原稿も活用することになりますね。

内村さん:ええ、でも、そのまま活用できない場合も結構あると思いますよ。展覧会の解説は、その展覧会の文脈の中で作成するものですし。

越智さん:公開するのは恒久的な情報なので、そのまま流用というわけにはいかないことが多いんですよ。

-なるほど。ひと口に解説と言っても、奥が深いものですね。

内村さん:そうですね。データベースに載せる解説を書き起こす作業と考えると、結構な手間はかかると思います。

-内部業務では、以前の環境を活用しておられるのですか?

内村さん:日常の業務は、使い慣れたExcelと紙の目録の併用ですね。私の場合はキャプションや解説パネルの作成にAdobe Indesignなどのソフトも使います。目録にも図版が掲載されていますから、これをパラパラめくりながら検討したり(目録を開きながら)。

-おお、使い込んでいらっしゃいますね!

越智さん:長年、慣れ親しんでいますからね。いずれは環境の見直しもあると思いますので、頑張りたいですね。

-弊社も、現在のお仕事の流れを上回る使い心地を提供できるよう、精進いたします。本日はご多忙のところ貴重なお話をお聞きできました。本当にありがとうございました。

Museum Profile
西宮市大谷記念美術館 土地建物とともに西宮市が故大谷竹次郎氏より寄贈を受けた美術作品のコレクションを広く一般に公開するために、1972年に開館した美術館。日本近代洋画や近代日本画、フランス近代絵画などを中心とした当初のコレクションに加え、地元作家の作品も充実しています。日本の近代美術や絵本原画など、ジャンルに囚われず柔軟な発想の展覧会を開催することでも有名。水と緑の美しい庭園も人気で、幅広い年代の来館者でにぎわう人気館です。

ホームページ : http://otanimuseum.jp/index.html
〒662-0952 西宮市中浜町4-38
tel.0798-33-0164