ミュージアムリサーチャー

ミュージアムレポート

互いの信頼関係が実現した美術作品の貸し出し

会津若松・鶴ヶ城の近くに「アドリア」というカフェがあります。おしゃれな外観が目を引く建物ですが、中に入るとさらにビックリ。ゆったりしたエントランスホールに、まるで美術館のように絵画が展示してあるのです。

感銘を受けた名作(ホンモノ!)の前で、ゆっくりコーヒーやディナーを 楽しむ…。店内には、都心でもなかなか味わえない贅沢な時間が流れます。 週末にこういう空間で過ごせたら素敵でしょうねえ。

感銘を受けた名作(ホンモノ!)の前で、ゆっくりコーヒーやディナーを
楽しむ…。店内には、都心でもなかなか味わえない贅沢な時間が流れます。
週末にこういう空間で過ごせたら素敵でしょうねえ。

作品は、福島県郡山市にある郷さくら美術館のもの。実は、このカフェに直接貸し出しておられるとのことです。一般のカフェでも美術作品を展示するお店は、東京でもチラホラ見かけます。それでも、ここまで本格的なのはとても珍しいのではないでしょうか。そこで、カフェを運営している会津土建株式会社の山口総務部長に、お話を伺いました。

きっかけは「トップどうしの人的つながり」

同社の社長さんと、美術館を運営するコマツ福島株式会社のトップの直接の話し合いから実現した、このサービス。カフェ側は「顧客サービスの充実化」を、そして美術館側は「作品の有効活用」を考える上で役立つということで意見が一致して貸し出しが決定、カフェのエントランスに展示することになったそうです。

カフェのオープンは、約2年半前。店内にはケヤキの一枚板によるオブジェが中央に飾ってあり、お店全体を木のぬくもりが包み込むようなインテリアがとても印象的です。目の前にあるバス停にも、カフェの外観と統一感を持たせた屋根を作ってあり、全体で「憩いの一角」という感じ。市の景観賞も受賞されたそうです。

ご覧ください、この堂々たる佇まい。和と洋の共 存だけでなく、古民家風の空間づくりにさりげな く利いた現代の薫りがセンスを漂わせます。 なるほど、これなら美術作品を飾っても全然OK という印象。

エントランスにかけられている作品は3点。3か月ごとに入れ替えるそうで、季節に応じて色味やモチーフを考えながらチョイスしているとか。来るたびに作品が変わっていたら、カフェを訪れる楽しみが増えていいですね。

「たとえば、店が混みあってお待ちいただかなければならない時があっても、美術館で作品を鑑賞するようなご気分であれば、待ち時間も短く感じていただけると思うんです」と山口さん。その言葉通り、実際に、じっくりと眺める人も少なくなくて、手洗いを借りに店に入って、作品を味わって帰る…という人もいるとか。なるほど、もうすっかり地元のアートスポットなんですね、と感心しながら、山口さんと2人で改めて作品を眺めてしまいました。

それにしても、いくら信頼関係があるとは言え、貴重な美術作品を民間のお店に貸し出すことは、少し躊躇することなのでは。そう思った私は、貸し出し側の郷さくら美術館にもお邪魔してきました。

 

市民のため、そして「未来の大観」のために

同館は、オーナーが長い年月をかけてコツコツと収集し日本の現代作品を「一人でも多くの人に見てもらいたい」という思いで開館した美術館。温かみがあって、とても鑑賞しやすく工夫された館内は、カフェにも通じる「おもてなしの心配り」を感じました。

郷さくら美術館の思いが伝わってくる、店内の案内板。 グッと来る文面です…。

そういえば、カフェの案内看板には、「日本という国の美しさを、そして日本人の心を描き続けてきた日本画をこそ、次の世代へ伝えたい」という熱い思いが綴られていました。美術館の方にカフェについて伺うと、「仲間と言うか、サテライトのような存在ですね」と笑顔に。この素晴らしい場所にこの素晴らしい作品ですから、きっと思いは伝わっていると思いました。

さて、同館では、今年の春「桜花賞展」という公募展を開催しました。このイベントは通常の公募展と違い、指名した作家に作品を制作してもらうという形式で、出品作品は美術館がすべて買い取ることになっています。

いきなり下世話な話になってしまいますが、きっと大変なお金がかかる話。展覧会での収入でペイするどころか、大変な出費になるはずですが、それは、若い作家の育成、日本画という文化の継承と発展を、オーナーが本気で考えている何よりの証だと思います。私が市民だったら、きっと嬉しいだろうなあ…。

 

 

こちらは現代日本画が 専門の郷さくら美術館。 開館は2006年10月で、 郡山に続いて昨年春に 待望の東京館も!

このイベントは、来年も開催する予定とか。さらに嬉しいことに、すでに作家の方々からの参加の申し出も殺到しているそうです。

「この中から、『未来の大観』が生まれるといいですけどね」とおっしゃるオーナーの穏やかな笑顔が、とても印象的に残りました。

埋もれがちな新しい才能が、こうした人々の思いを受けてそしてその作品が、美術館だけじゃなくカフェでも展示されて、多くの人の心に届いていく。本当に素晴らしい循環だと思います。こうした事例が全国に広がってくれたら、博物館にも新しい可能性が生まれるかも。
もちろん、諸般の事情によって、どの館でも可能というわけではありません。でも、美術館が「作品で」地域に貢献し、作家を育て、地域文化を育んでいくという構図は、ぜひ追い求めてみたいと思いました。

方法はまだまだ出てくるはず。感服するやら、考えさせられるやら…の一日でした。

都心のカフェにも負けない洒落たイメージの「ア ドリア」外観。入り口前の街頭も含めて、トータ ルに施されたアンティーク風のコーディネートが 小さなお城のよう。地元に住んでいたら、きっと 行きつけのお店になるだろうなあ…。

アドリア 北出丸カフェ
会津若松市追手町4-28 北出丸館 1階 TEL.0242-27-3600
営業時間/平日・土曜10:00〜18:00(L.O.20:30)
日祝10:00〜18:00(L.O.17:30)
【こぼれ話】
コーヒー豆はオーストリアの「ユリウス・マインル」社のものを使用。
何と世界最古の焙煎会社と言われているのだとか。
http://adoria.adoken.co.jp
郷さくら美術館
郡山 福島県郡山市長者一丁目6-16
TEL.024-927-1010
東京 東京都目黒区上目黒1-7-13
TEL.03-3496-1771
www.satosakura.jp