ミュージアムリサーチャー

ミュージアムレポート

目の前で静かに、回転しながら宙に浮く埴輪…何とシュールな光景。聞いただけでワクワクして、いろんな想像が脳内を駆け巡りませんか? しかしこれ、空想上の話ではありません。今年の3月19日に群馬県立歴史博物館で公開された「デジタル埴輪展示室」で、実際に見ることができるのです。来館者の皆様だけでなく、私たち関係企業にとっても興味津々、ネーミングだけでも心を惹かれる最新のデジタル活用法。これはぜひ体験してみなければ…というわけで、早速取材してきました。

「デジタル埴輪展示室」開発の経緯とコンセプト

文化についての理解を深める機会を拡大し、国内外からの観光客の来訪を促進しながら、全国各地に文化・観光の振興や地域の活性化の好循環を創出する…。 文化庁では現在、文化観光拠点施設を中心に、文化観光推進法に基づく拠点計画・地域計画の認定を行っています。今回ご紹介するデジタル埴輪展示室は、令和2年度に認定された「群馬県立歴史博物館イノベーション文化観光拠点計画」事業に組み込まれた注目プロジェクトのひとつとして位置づけられています。

今回紹介する「デジタル埴輪展示室」は、拠点計画事業に先駆ける形で常設展示室の一部として機能していた「テーマ展示室」を、令和3年度にリニューアルして出来上がったものです。デジタル埴輪展示室は、回廊形式で群馬の歴史をめぐる展示の最後のエリア、学芸員曰く「コース料理のデザート」のような位置に設置。つまり、実物展示を観終えた後にデジタル展示が用意されているわけですね。実物資料とデジタルコンテンツを対極的に扱うのではなく、実物の理解を深めるための心憎い演出。その日の感動をさらに補強するための総仕上げ…といったところでしょうか。

日頃から歴史好きである程度の知識を備えている方にはもちろん、事前に情報に触れることなくたまたま足を運んだ方にも楽しんでもらえるように。制作現場ではオールラウンドなコンテンツづくりを目指したそうですが、特に後者の存在を重視したそうです。典型的なのは観光客で、特に強い興味を抱いて来館したわけではなくても、思わず友人知人に、あるいはSNSで紹介したくなるような仕掛けでお迎えしたい。これがデジタル埴輪の展示というユニークな取り組みの原動力となっているのです。

デジタルコンテンツの展示室ですが、VRをはじめとする特殊な装置は使っていません。新型コロナウイルスの感染対策の意味も強いのですが、館内を歩き回って疲れていたら、ゴーグルなどの着用を求められるのは少し大変かも。気軽に「あ、これ面白そう」となる気軽さを大切にしたわけですね。

前置きはこのくらいにして、さっそく展示室に入りましょう。足を踏み入れると3Dホログラムがお出迎え。そこはもう未来空間…といった風情です。

3Dホログラムで「宙に浮く埴輪」

埴輪は、こんな感じでケースの中に浮かび、ゆっくりと回転しています。なるほど、確かに「宙に浮く埴輪」ですが、あるタイミングでゆっくりと姿を消します。タイムマシンで太古の時代からやってきて、また時空の隙間の中に戻っていく…というイメージでしょうか。埴輪といえば古代のモチーフですが、ここではどこか未来モノの映画のワンシーンを観ているような感覚に包まれます。

不思議な気分に浸っていると、入れ替わるように次の埴輪が登場します。これも自分で回ってくれるので、立っているだけであらゆる角度を観賞できるのがラクチンですね。展示ケースの中では観られない背中の部分も観察できますよ。

目を丸くして凝視している私に、案内をお願いした学芸員がオススメのビューポイントを教えてくださいました。「上の板、裏側をご覧になってください」。ご指示の通りにかがんで覗き込んでみると、何と3体の埴輪が別々の角度で映っているではありませんか。仕組みをうかがうと、「投影した3つの画像がガラスの屈折で画像がひとつになることで、この3Dホログラムが出来上がっているんです」とのこと。なるほど、だから3DグラスやVRゴーグルなどを使わず、そのまま肉眼で楽しめるのですね。つまり、こんな感じです。

実は、ここに映し出されているバーチャル埴輪は、県内の他館が実際に所蔵しているもの。冒頭でご紹介した通り、まさに実物の理解を深めるためのデジタル活用。「両方を観られる」ことが大きなポイントなのです。

ぐるぐる回す「埴輪スコープ」

室内に入って右へ進むと、「埴輪スコープ」なる展示が。ここでもまた違った楽しみ方、学び方が用意されています。さっそく体験してみましょう。

センサーの上に手をかざすと、埴輪が表示された画面の中に手が現れます。この手を使って埴輪をつかみ、観たい角度にぐるぐる回しながら観賞することができるのです。こちらも、ふだんは確認しづらいお腹の側まで観察できるのですが、同じ展示室で実物を見ることができます。「埴輪スコープ」で発見を得て、実物で感動や記憶に残るインパクトを。デジタルとアナログを行き来するようなミュージアム体験を満喫できるのですね。

隣の展示も楽しそうです。キラキラ輝く埴輪が登場してぐるぐると回っているのですが、一緒に見どころが書かれているのです。注目ポイントを確認したら、すぐそばにある実物をその場で観賞。文字通り行ったり来たりしながら地域の宝を学べる動線は、いずれの展示にも共通するところですね。

デジタルコンテンツ自体も楽しいのですが、実物の魅力をその場で体験できるのがミュージアムのチカラ。まさに「ほかでは味わえない」楽しさが展開されているのです。

大人も楽しめる「埴輪研究所」

さて、埴輪スコープの反対側には、さらに子ども向けの学習コンテンツ「埴輪研究所」が用意されています。実物の発掘現場でも、バラバラの状態で掘り出したものを接合しながら復元するというプロセスがありますが、これをゲーム感覚で擬似体験することができるコーナーです。

発掘と復元のパズルとクイズといった趣で、最後に埴輪の解説があります。子ども向けの学習コンテンツだからと見くびると、パズルでは「あれ?」ともなりかねない難易度。大人でも瞬時に解ける類のものではないので、家族や友人同士でプレイすることができます。事実、この日はカップルが楽しそうにトライする姿が印象的でした。

デジタルデータとして複製した埴輪を使って遊びながら、自然に学びが深まる場所。ミュージアム体験の締めくくりとして、ひと味違う特別な思い出を加えてくれる場所…。これなら、観光の合間に立ち寄った方々も、きっとSNSに想い出のひとことを書き留めてくださるのではないでしょうか。

「デジタル埴輪ステーション」への発展も

ひとしきり体験した後、このシステムについて少し詳しくうかがいました。学芸員によれば、3DデータはシンプルなOBJ形式で作られており、コンテンツの追加も可能とか。3Dデータの作成はさほど高コストというわけでもないので、継続的に増やしていけるそうです。また、3Dを楽しんだ後に実物を味わうという観賞体験が提案されているわけですが、この実物については、もしかしたら他館の展示物でも面白いのではないかと思いました。そこにない資料の3Dコンテンツで興味を抱けば、実物を観るために所蔵館を訪ねるなど、より広くミュージアムに親しんでいただくための契機にもなるのでは…。学芸員に訊ねてみると、将来的にはそんな活用法も想定しておられるとか。ということは、このプロジェクトは冒頭でご紹介した「拠点事業」としての役割を果たすための足がかりの役割も果たしているわけですね。

埴輪や古墳は熱心なファンが多いと聞きます。ミュージアム体験の最後に「楽しい3D展示が待っている」「ほかの館のオススメ資料も紹介してもらえる」となれば、そんな方々がリピートしないはずがありませんよね。その姿は、まるで埴輪ステーション。ミュージアム好きのひとりとして、個人的にも次回の訪問が楽しみになりました。

 


 

群馬県立歴史博物館 https://grekisi.pref.gunma.jp/

デジタル埴輪展示 https://grekisi.pref.gunma.jp/event/1422/