2026.04.27
街へと繰り出す「市民のデジタルアーカイブ」 ~ 小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。
まち全体を屋根のない博物館と見立てるエコミュージアム。この考え方が登場してから長い時間が経過していますが、近年のデジタルアーカイブの普及に伴い、改めて注目を浴びています。新潟県小千谷市に誕生した複合文化施設「ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。」では、『コトノハ』と名付けられた独自のコミュニケーションツールを使った市民参加型のデジタルアーカイブが順調に発展中。先日開催されたワークショップでは、施設内のツールを街なかで活用する試みが実施されました。それは、デジタルアーカイブ時代のエコミュージアムづくり。今回は、住民参加のスタイルが上手く機能して利活用の気運が高まる「市民のデジタルアーカイブ」について、実際にワークショップに参加して学んできました。

小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。とは
越後三山を望むロケーションに2024年9月に開館した複合施設で、図書館と郷土資料館の機能のほか、市民活動の場や子どもの遊び場までカバーする共創型の多目的拠点。ユニークな名称は「本とか(ほかにもいろいろあるよ)」と「ホントか!?(驚き・発見)」をかけたもので、大きく特徴的な屋根(ルーフ)を持つ建物の内部には個性的な空間が広がっています。
室内は書架や展示台を備えた可動式の資料空間(フロート)とすることでイベントスペースに早変わりさせたり、顔認証やICタグを効果的に活用して本の貸出を円滑にしたり。また、レーザー加工機や3Dプリンタなどのデジタル工作機器を備えたモノづくりスペースなど、それぞれにテーマを持つ活動の場(アンカー)が9室も用意されています。何かに没頭したり、逆に何もせずにゆっくりと寛いだり、誰かと交流を深めたり…と、市民が自分らしく自由気ままに過ごせる場所。地元にこんなスポットがあるとは小千谷市の方々が羨ましい、そんな思いがよぎる素敵なランドマークです。

さて、「ホントカ。」の郷土資料館部分は「博アンカー」内にあります。コンパクトな展示スペースに入るとセンサーが反応し、この地の方言を使った温かみのある案内が迎えてくれます。
まず、下の展示ケースの中には、江戸時代の小千谷文化の一端が集められています。赤い布に開いておかれた冊子には、小千谷の伝統文化である錦鯉を描いた美しい絵が。その上に置かれた丸い物体は、地球儀ではなく、天体の動きを現した天球儀。江戸時代から続く麻織物「小千谷縮」で栄えた小千谷の教育水準の高さがうかがえます。
その後ろ、タペストリーのように壁に吊るされているのは、何と浮世絵です。現代人の目で見ると「えっ、日本が世界に誇る芸術作品なのにもったいない!」と声が出そうになりますが、学芸員によればこれは絵紙(えがみ)と呼ばれる地元文化。小千谷縮の商人が江戸などから持ち帰った浮世絵をつなぎ合わせて、ひな祭りなどの飾りとして使われたそうです。小千谷らしさが詰まった展示ケースは、眺めるだけで心が温まります。
市民による情報がひとりでに動き出す、「コトノハ」の仕組み
すべての展示をじっくりと味わいたいところですが、今回の目的はワークショップへの参加。ここでは、その前提となる「ホントカ。」の大きな特徴をご紹介しておきましょう。
この個性的な複合文化施設の中でも、ひときわ異彩を放っているのが「コトノハ」というツールを使った独自の仕組みです。コトノハとは、本棚や展示室で使われているさまざまな形状のカード。POPのように掲出したり、しおりのように本に挟んだりと、館内のあちこちで見かけます。実物はこんな感じです。印刷されているQRコードを読み取ると、市民の皆さんが投稿した記事を読めるページにアクセスできるのですが、この投稿情報がなかなか充実しているのです。

たとえば、このQRコードを読み込むと、カレーライスづくりに関連するオススメ本を紹介した記事が開きます。市民の方が作成したもので、記事の最後にズラリと並ぶ本の概要から各書籍の詳細情報へと飛ぶことができます。こんな感じで、一人ひとりの市民が自分の情報を発信できる仕掛けがコトノハなのです。
誰かが「いま関心のあること」をコトノハを使って発信すると、「ホントカ。」に遊びに来た別の誰かがその情報に触れる。つまり「ねえねえ、これ知ってる?」「なになに? 面白そう」という家族や友人との会話のような流れをカードで再現しているのですが、日々SNSで交わされている見知らぬ人々とのやり取りにも似ていますね。
コトノハにアップするコンテンツには、社会通念から外れるものでない限り、特に制約はありません。「自分のまち・小千谷のお気に入り」を挙げた個人ブログ的な記事から、郷土資料館が開催したイベントのアーカイブまで、多様な情報が並列的に収録・公開されています。手づくり感たっぷりの温かみある枠組みに、市民が思い思いに提供した投稿記事と、郷土資料館が正式に発信しているオフィシャルな情報が分け隔てなく並べられている点は、コトノハの見逃せないポイントです。



おぢや「おいしい」マップをつくろう!
コトノハは「ホントカ。」が開発したオリジナルの仕組みですが、その守備範囲は館の外へと広がりつつあります。それが、今回参加したワークショップ。参加者たちが、コトノハを物理的に小千谷の街へと連れ出したのです。

市民の多くは、地元・小千谷に精通しています。たとえば「この店のこの料理が美味しいよ!」という情報を知っていれば、そこから1枚のコトノハを作れるわけです。各自がそれを持ち寄って地図に貼っていけば、市民オススメのグルメマップが出来上がります。地図に貼られたコトノハからQRコードを読み込むと、そのお店の推薦者が書いたレビュー記事が開きます。グルメ雑誌、あるいはグルメサイトに似ていますが、プロの記者や匿名のレビュアーではなく地元民、もしかしたら身近な知り合いが書いた記事かもしれませんので、リアリティがグッと増します。

誰もが発信できるツールを使って作る、地元の方々の「とっておき情報」のデータベース。これだけでも価値ある情報源になるのですが、今回のワークショップではさらに一歩進みました。お店を紹介する内容が書かれたコトノハを、市内で営業中の実際のお店に役立ててもらおうというのです。
使うのは、ワークショップ内で参加者が作成したコトノハ。その場で作ったものなので、もちろんお店の人は知りません。事前に連絡を入れることなく、2つのグループに分かれてレストランへと出かけます。筆者が参加したグループが向かったのは、「ホントカ。」から徒歩10分ほどのイタリアンレストラン。お昼時は過ぎていましたが、店内はまだ賑やかです。スタッフの方の手が空いた時間を見計らって、来店目的を説明。「ホントカ。」から来たこと、コトノハで小千谷の「おいしいマップ」を作っていること、そこでお店を紹介していることを説明すると、その方も「ホントカ。」のことをよくご存じとのこと。コトノハを店内に貼り出して欲しいと打診したところ、ご快諾いただけました。

このコトノハには、「オープンしてからずっと通ってます。自分へのご褒美です」という推薦者の言葉が載っています。地元の人が地元の店を勧めるメッセージだけに、「おいしいマップ」経由でこの情報に辿り着いた人は「行ってみようかな」と思うことでしょう。また、実際にこのレストランで食事を済ませた後、壁やテーブル、カウンターのコトノハに気付いてQRコードを読み込んだ人なら、仲間を見つけたような気分になるはず。感激して「自分も勧めてみようかな」と考えてくれるかもしれません。
今回のワークショップにはファシリテーターがいて、図書館のスタッフも同席していましたが、これを繰り返して市民に浸透していけば、美味しいレストランを見つけたらコトノハを作って「ホントカ。」に貼りに行く…という動線ができるかも。グルメ系に限らず、市内の好きな場所、お気に入りの場所が次々にコトノハが貼られていけば、そのまま誰かの「行ってみたい」という気持ちを刺激することになります。繰り返しになりますが、同じ地元を愛する仲間からの情報であることは、大きな決め手になるでしょう。
もちろん、お店だけではなく、資料館で紹介している史跡や歴史的建造物などでも同様です。市の文化財係などがデジタルアーカイブに登録している場所についてコトノハを作れれば、公式情報と市民情報が両方公開されることになります。そのまま情報が増えていけば、公式と非公式、行政と市民、フォーマルとカジュアルがシームレスにつながる複層的なデジタルアーカイブが育つことになるのですね。
コトノハは、「ホントカ。」が展開する市民デジタルアーカイブ。今回のワークショップは、コトノハを街なかに活用する試みでしたが、これは「インターネット上で閲覧できる場」であるデジタルミュージアムの枠組みを拡張する可能性を示唆しています。「ホントカ。」を中核施設として、どこからでもアクセスでき、誰でも閲覧できるデジタルデータの利活用を促す紙のカード。市内のさまざまな立場の人々が参画できる共創型のデジタルアーカイブを、手触り感のあるアナログなアイテムを介して実現している点も小粋です。
デジタルアーカイブと言えば、ともすれば博物館の資料や文化財、公に価値が認められた文化資源のためのものと捉えがちです。運営に市民のチカラを活用する試みは珍しくありませんが、専門的な知見を持たない彼らの情報を公の情報として扱うには、多くの課題が立ち塞がります。ましてや「誰もが好きに発信してよい場」となると、なかなか難しいものがあります。
コトノハは、こうしたハードルを乗り越えたデジタルアーカイブということになりますが、その背景には「ホントカ。」が確立した「情報を3段階に分ける」という考え方があります。まずは、指定文化財など、市民の総意を受けて保全・承継の義務を負う情報。次に、地域で受け継いでいくのが望ましい文化資源の情報。そして、こうしたハードルを取り払い、市民が持ち寄る生活情報。この3番目がコトノハの本質となるわけです。
この3つの段階も、たとえば文化財なら自治体の公式見解と市民の想い出エピソードなど、それぞれ垣根を越えての相互乗り入れも可能。それぞれ単体としても機能しますし、後からテーマ付けして結びつけることもできます。このように、よい意味での緩やかさを持ち込めば、クールな印象を与える博物館のデジタルアーカイブの温度が一気に温まり、「私たちのデータベース」となりそうです。
ネットとリンクする紙のカード、市民が書くメッセージ。それぞれは派手なアイデアではありませんが、うまく使えば目からウロコの仕組みを作れるという好事例。もしかしたら、デジタルアーカイブの常識をひっくり返すような可能性を秘めているかもしれません。
小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。 https://hontoka.city.ojiya.niigata.jp/

