2025.05.25
館や自治体の垣根を超えて 県内の民具を守り、発信する枠組み ~宮城民俗コモンズ
提供機関 | 東北歴史博物館
URL | https://www.thm.pref.miyagi.jp/database/miyagibunkazai/mingu/
構築方式 | ホームページ・リンク
文化庁の令和6年度 Innovate MUSEUM事業の成果として公開された「宮城民俗コモンズ デジタルアーカイブ(https://jmapps.ne.jp/mmc/)では、1,000点以上の民具の画像が公開されています。データの点数や丁寧で分かりやすい解説もさることながら、特筆すべきは13もの所蔵館・自治体が参画している点。加えて、民具の機能美を伝える写真のクオリティも要注目です。
今回は、プロジェクトの中核館である東北歴史博物館の今井雅之さんに詳しくお話を伺いました。関係職員が手を携えて県内の民具を守り続けていくための取り組み、ぜひご一読ください。
一人の県職員が始めた調査活動
今回お話を伺った今井さんは、令和4年3月まで宮城県の文化財課に在籍していました。同県には多数の指定文化財が存在しますが民俗文化財の多くは無形のもので、民具のような有形のものは少数派とか。「本当は素晴らしいものがたくさんあるはずだ」という想いを抱えていた今井さんは、令和元年10月ごろから県文化財課の職員として市町村を回りながら調査を始めたそうです。
民俗担当の学芸員がいない市町村では、専門知識を持たない職員が管理を任されることがままあります。そうした場合、「これは貴重なものなのか」「我がまち固有のものなのか」が判断できず、雑然と置かれた状態が続いているケースも少なくありません。その背景には、全国的な問題として解決の糸口が見つからない「博物館の収蔵庫不足」があります。特にスペースを必要とするものが多い民俗資料は、保管を続けられるかどうかさえ危ぶまれていることはご存じの通りです。
こうした状況では、まずは県内のどこにどんな民具があるのかを把握することが、問題の解決に向けた一歩になるはず。そんな考えから調査を進めていた今井さんですが、この孤独な活動が県内の人的・物的資源を共有=コモンズ化するという試みへと発展することになります。
コモンズの根幹、「共同調査会」
宮城県民俗担当職員協議会、通称「宮城民俗コモンズ」には、県内 13 の組織が参画しています。令和6年度には「共同調査会」を3回実施し、民俗担当職員の方々が交流を深めながら共同で県内各地の収蔵庫資料を調べ、特徴や課題を明らかにしました。市町村の担当者は、自身の所属する自治体以外の資料を目にすることは少ないものですが、逆に言えば、ほかの自治体の収蔵庫資料の特徴や課題などを知る機会があれば気付くことは多いはず。実際に、共同調査会では「ほかの組織の実情に触れることで、初めて自分の地域の特徴を把握できた」との感想を抱く参加者が続出したそうです。
並行して行われている調査研究活動では、染色・製糸や千歯扱きなど参加者各自が計15種のテーマを持ち寄り、文献資料と実物資料による研究が進められています。民俗資料の専門家の指導助言を受けつつ、地域名称や新たな分類項目を追加したデータベースを構築。ここでデジタルアーカイブの出番となるのですが、思わず唸るような工夫が凝らされていました。
民具への印象が変わる写真の数々
冒頭の通り、宮城民俗コモンズのデジタルアーカイブでは、民具の写真が多数公開されています。ページを開いてまず感じるのは、驚くほどの機能美です。よく見かける鍬の写真一枚を取っても、思わず見入ってしまうような美しさ。非常にシンプルな写真なのですが、思わず「鍬ってこんなにカッコよかったっけ?」と思うようなクオリティです。
そもそもこの事業は、所属の枠を越えた広域連携に基づく民俗資料の魅力の発信を目的としています。そのために、今井さんはまず「民具は雑多なもの」という印象を払拭したいと考えたそうです。写真は今回の事業のためにプロのカメラマンが新規に撮影したもので、構図といいトーンといい、まるでオシャレな雑貨カタログのよう。博物館の資料写真としてはスタンダードなものではないのかもしれませんが、民芸などでよく言われる「用の美」が表現されているのです。
これらは、デジタルアーカイブだけでなく多様な用途で活用されます。たとえば、今回撮影した写真を集めて『宮城の民具』と題したパネル展を県内各所で開催。パネルはB2サイズで運送や入れ替えが容易なので、実物は非常に大型の民具でもスッキリと見せることができます。このシンプルで美しい写真がズラリと並ぶ風景は、まさに壮観。単なる生活道具と捉えていた民具の魅力に気づく人が増えれば、ゆくゆくはその地に新たな博物館の構想へ…と、夢が広がるかも。だからこそ、写真のクオリティにこだわったわけですね。
各パネルには、デジタルアーカイブへ誘導するQRコードも貼られています。美しくて迫力ある写真に引き寄せられた人々が、手持ちのスマートフォンで詳細に触れ、そのままほかの資料の情報へと移動する。民具の新たな魅力を提示できれば、自然にそんな動線が実現するわけです。
各地に「スキルコピー」する枠組み
補助金を活用してプロのカメラマンに撮影を委託するのは、デジタルアーカイブが盛んになってきた昨今では特に珍しいことではありません。しかし、この事業の写真撮影では、もうひとつ大きな特徴があります。レンタルなどの方法も駆使して、参加組織のすべてに行きわたる数のカメラや照明など撮影機材を調達したのです。
撮ったのは、約1,000 件の民俗資料に対し、専門業者の巡回撮影と博物館・自治体による撮影を合わせて約3,300カット。撮影場所は県内 11か箇所ですが、それぞれ撮影用の「セット」に加えて各種設定まで統一することで、事業期間終了後に各組織で撮る写真の品質の均一化を可能としたのです。画像データとともにライティングや画角などの「撮影の仕様書」を作成し、撮影基準カードとしてデジタルアーカイブに収録しておけば、使い方やポイントとなる部位などに関する知識がなくても、適切な機材とセッティングで適切な写真を撮影することができるようになります。いわば、スキルをコピーするわけですね。
デジタルアーカイブは、構築より継続の方が難しいものです。その点、宮城民俗コモンズは、高品質なデジタルアーカイブの持続的な発展に寄与する仕組みと言ってよいでしょう。「サステイナブルなデジタルアーカイブ」のお手本のような好事例です。
よく練られたデジタルアーカイブ
一方、そのデジタルアーカイブの各ページにも、よく考えられた仕掛けが。たとえば、トップ画面を見ると「形態で探す」という検索条件が用意されています。プルダウンメニューを開くと「棒状のもの」「板状のもの」といった形状を表す言葉が表示され、文字通り見た目の形から探すことができるのです。民俗の専門職員がいない組織では、収蔵庫にある「棒のようなもの」が農機具なのか漁具なのか別の生活道具なのか、判別できないことがありますが、このデータベースで「棒状のもの」を検索すれば、似たものを探して情報を参照することができるわけです。
また、「機能で探す」も面白い検索方法です。選択肢として出てくるのは「つかむ」「すくう」など、使用者の動作を指す項目がズラリと並びます。実際に検索してみると、用途がまったく異なるのに「同じ動作」を補助する民具がヒット。一般的なデータベースとはひと味違う、実に興味深い検索結果は、幅広い研究、学習に役立つでしょう。
持続的な発展への期待
今井さんによれば、共同調査会は今後も継続的に開催を予定しているとのこと。また、今秋には県内7会場で同時期に企画展を実施することも決定しています。こうしてさまざまな取り組みが展開されれば、活動の基盤となるデジタルアーカイブもどんどん充実していくはず。各種調査研究の成果と高品質な写真がどんどん収録・公開されていくことになり、県内の関係職員の方々にとってますます「手放せない情報源」になることは確実です。新しく受け入れた民具の画像と情報はここで共有し、何か分からないことがあればここで検索する。そんなスタイルが浸透するほどに、デジタルアーカイブとしての価値はどんどん強固になるのです。
今井さんのお話を伺った後、いくつかの博物館の学芸員に紹介してみました。すると、仕組みに感心するとともに、「構築した人の尋常ではない熱量を感じます」との声も聞かれました。山肌を転がる岩は加速して落ちていきますが、最初に動かすにはとてつもない力が必要です。宮城民俗コモンズで言えば、立ち上げに関わった方々の熱意と協調があったからこそ、軌道に乗せることができたわけです。宮城で転がり始めたこのモデルが他府県にも広がれば、全国の民具の魅力発信に繋がり、やがては人々の意識や認識まで変わるかも。そんな「裾野を広げながらの持続的発展」を期待せずにはいられない事例です。
宮城民俗コモンズ デジタルアーカイブ
https://www.thm.pref.miyagi.jp/database/miyagibunkazai/mingu/
https://jmapps.ne.jp/mmc/
文化庁Innovate MUSEUM事業
https://innovatemuseum.bunka.go.jp/