2026.09.27
道の駅、和菓子コーナーで出会った博物館資料
#現地訪問その日は、出張で北海道新幹線の木古内駅にいました。目的地の松前町は、この駅から路線バスで1時間半ほど。発車時刻まで少し余裕があったので、まだ往路ですが、道の駅でお土産を物色することにしました。
店内を歩き回り、ある和菓子の前で足が止まりました。お手製と思しき解説が貼られた『孝行餅』の陳列棚は、まるでミュージアムの展示室のようですね。読んでみると、大正時代に北海道庁が編さんした「北海道人名字彙」の中で「木古内ノ坊」として紹介されている川股友吉という人物の逸話でした。彼は目が不自由でしたが、家族を支えるために、付け木(火を移すために使われる硫黄を塗った木片)を遠く余市や島牧村まで売り歩いたのだとか。
なるほど、孝行息子だなあ…と感心したのも束の間、ある部分に目を引かれました。下の解説文の中の1行なのですが、本文ではありません。実は、左端の注釈です。

「木古内町郷土資料館資料より一部引用」とありますね。つまり、お店の方が孝行餅の名の由来を説明するのに郷土資料館の公開資料を利用したということ。そうです、これなんです。地域のミュージアムの情報は、地域内に浸透し、活かされてこそ価値がある。ずっと言い続けてきたことなのですが、これはまさに理想的な活用例です。
デジタルミュージアムやデジタルアーカイブの構築・公開には、予算もマンパワーも必要。それをサポートするために、最近は補助金をはじめいろいろな加速装置も用意されていたりします。では、最大の目標である公開に漕ぎ着けた後はどうでしょう。実は、維持・更新でも、現場には相当な負担がかかり続けます。その前線に立つのが学芸員ですが、人間ですから「人に喜んでもらえること」はモチベーションの源泉のひとつ。そんな面でも、地域での利活用は重要な要素になってきますよね。
それはさておき、お土産を買って、いざ出発。木古内からのバスの旅は、津軽海峡の景色が素晴らしいですね。スマホを取り出すまでもなく、車窓を楽しむうちに到着しました。時間は、ちょうどお昼過ぎ。松前町と言えば超高品質なブランドマグロでも有名ということで、バス停近くの定食屋さんでマグロ丼をいただいたのですが、東京ではなかなかお目にかかれないレベルの味わいに感動しました。
もうひとつ驚いたのが、そのボリュームです。写真をご覧ください…と言っても、実は写真ではまったく伝わりません。と言うのも、この丼の蓋のようにご飯を覆い尽くすマグロの下には、まだマグロがあるんです! それはもう、白米より赤身の方が多いんじゃないかというほどで、噂以上のマグロ王国ぶりを堪能させていただきました。大将、気前良すぎです。

大満足のマグロ丼は写真右の「かもめ食堂」にて。
あとは、松前漬けをどっさり買って、自宅と子どもたちに送って…と、思わず目的を忘れそうになる松前町ですが、食レポのために来たわけではありません。今回の出張は、松前町郷土資料館と松前城資料館が収蔵する資料を閲覧できるデジタルアーカイブ「まつまえ文化財ずかん」の取材です。若手学芸員の奮闘ぶりを目の当たりにして、還暦を迎えた親世代として、心を打たれるようなお話の連続。当日のインタビュー記事はこちらからご覧いただけますので、ぜひ一読ください。
さて、翌朝は少し早めに宿を出て、仕事のウォーミングアップがてら松前城周辺の散策へ。津軽海峡を見下ろす松前城は独特の風情がありますが、日本有数の桜の名所でもあるそうです。どこまでも続く空と海の下、豊かな緑を背景に視界が桜色に染まる春は、さぞ絶景なのでしょうね。

後ろ髪を引かれる思いで、海沿いのバス停へ。聞くところによれば、目の前に広がるこの海はマグロやイカの漁獲量が道内トップクラスで、かつてはニシンでも有名だったとか。文化財ずかんにも、「漁業」というカテゴリが設置されています。

スマホでスイスイと漁具のページを眺める中で、ふと前日の昼食が頭に浮かび、「定食屋さんのおもてなしに使えないかな」と思いました。魚好きのお客さんに「松前町のマグロ」のリアリティを伝えるコンテンツとして、料理を待つ間に雑学っぽく読んでもらう…なんてどうでしょう? 漁業ページが開くQRコードを印刷したカードをテーブルに置いておけば、多くの人は注文後に思わずアクセスするのでは。ほら、こんな感じで。

郷土の歴史ある和菓子を扱う道の駅に、地元の自慢の魚を満喫できる食堂。ほかにも、たとえば駅の待合室ならその地の民話や隠れた名所にまつわる資料へ、神社の休憩所なら創祀の由来や創建の経緯が分かる資料へ。観光客はもちろん、駅員さんも巫女さんも当たり前に使いこなし、そこから情報を得て、おもてなしやブランディングなどに活かす。そんな使い方が見えてきます。
そう、これからの博物館デジタルアーカイブは、社会の中で当たり前のように利用される存在を目指すべきだと思うのです。フェイクがあふれる世の中で、「最も信頼できる情報」が、まさにここにあるのですから。
とは言っても、言うは易し行うは難し。それを推進するには、仮にデジタルアーカイブが完成していたとしても、まずお店にQRコードの効果を説明し、カードの設置を働き掛けなければなりません。では、誰が?
現在のデジタルアーカイブ利活用事業は、多くの場合、館内の「誰か」が人一倍頑張って何とか支えているというのが実情です。一部の学芸員の超人的な頑張りや、ファシリテーターの役割を担う人の特殊なスキルで、利活用の活動をどうにか維持しているケースがとても目立つのです。構築時は活用できた補助金を公開後は使えない場合は、力技で何とかするしかありません。でも、誰かに依存するスタイルでは、いつか限界が来るのは明らかです。
あらゆる業種の店舗や地域密着型の企業が、地元のデジタルアーカイブからプロモーション素材を引っ張り出すのが当たり前という感覚になれば、地域社会における博物館の位相は一段と高まる。そうなれば、単に過去を保存する場所ではなく、ビジネスに資する知財のハブとして、あるいは地域の活力を下支えする文化インフラとして、その重要性がさらに浸透するはず。それには、まず学芸員の負担軽減を実現しなければなりません。
そんな未来のために、我々には何ができるのか、何をしなければならないのか。帰社後、社員にも大好評だった孝行餅をひと箱開けて、頬張りながらまた「まつまえ文化財ずかん」の画面を開くのでした。


