ブログ

わせだマンのよりみち日記

2019.11.29

深い感動を呼び起こす、コレクションへの想い 
~現代玩具博物館・オルゴール夢館訪問記

現代玩具博物館・オルゴール夢館は、岡山県美作市の湯郷温泉にあります。女子サッカーチームで「湯郷」の名は存じておりましたので、気分も軽くお邪魔したのですが、まさか帰りのタクシー内で運転手さんに熱弁を振るうほど感動するとは…。

「…そんなわけで、これから乗せるお客さん全員に、あのミュージアムを勧めてくださいね」と、降り際まで念押し、約束を迫る私。いま思えば、運転手さんは地元の方でしょうから、東京から来た私に地元アピールをさんざん聞かされていたことになるわけで、きっと苦笑いなさっていたでしょうね。次に出かけた時、もしあのタクシーを利用できたら、お詫びしなければ。

ミュージアムには慣れているはずが、すっかり夢中になってしまったのは、こちらです。「現代玩具博物館・オルゴール夢館」。

まず、到着時に実施されていた「おもちゃツアー」の光景から。目に飛び込んできたのは、こちらの館のテーマの片翼である「おもちゃ」の実演シーンでした。解説するスタッフの前には、家族連れと地元の子どもたち。何とも、楽しげな雰囲気で、私もつられて着席してしまいます。

次々と登場する夢いっぱいのおもちゃたち。ヨーロッパ製のシンプルな木のおもちゃが魔法のように形を変え、インテリアとしてリビングに置いておきたいようなモダンなおもちゃは3つのボールが不規則に入れ替ります。美しくも楽しく実演するスタッフは、とてもやさしく問いかけながらトークを展開。すっかり魅了された私は、成人した自分の子どもたちの幼少期を思い出しつつ、夢中になって眺めていました。

この「ツアー」では、さまざまなおもちゃが実演されるのですが、いずれも好奇心を刺激してくれるものばかりです。親から子へ、子から孫へ…と、大切に使えば何年も受け継いでいけそうなものも少なくありません。スタッフの方の穏やかな笑顔と、おもちゃそのものに詰まったやさしい気持ち。子どもだけでなく、むしろ都会で慌ただしく働く大人たちこそ訪れるべき場所なのでは…。

そんなことを思いながら、「ツアー」終了後に、展示をゆっくり眺めてみました。ひとつひとつしげしげと眺めて、遊び方を想像するうちに、時間がどんどん過ぎていきます。

館内には、実際に触って遊べるおもちゃもあります。しばし童心に帰っていると、「もうすぐオルゴールコンサートが始まりますよ」というアナウンスが聞こえてきました。名残惜しいなと思いつつもおもちゃから離れる私。コンサートの会場を覗いてみると、そこには歴史ある教会を思わせる厳かな空間が広がっていました。館長によるオルゴールの実演と説明が始まります。

18世紀末にスイスで誕生したオルゴールは、生演奏によらない音楽の楽しみ方を人々に提供しました。初期のシリンダー式オルゴールは、たくさんのピンがあるシリンダーを回転させ、櫛との接触で曲を奏でる仕組み。白い手袋着用し、いたわるように箱を開く館長の説明は続きます。

あるオルゴールは、1本のシリンダーの端から端まで櫛が移動する間に、2曲が演奏されます。1回転したところで櫛が0.5mmずれて違う曲を奏で始め、6回ずれて元に戻るので、都合12曲を演奏することができるそうです。また、シリンダーを入れ替えることができるオルゴールもあります。6曲入りが3本で計18曲も楽しめるんですよ。

さて、注目は、このシリンダーです。1本には何と約4,000本ものピンがあるという精巧なもので、もちろん超が付く貴重品。解説によれば、1本で家1軒が建つほどの値段になるのだとか。いや、実物を目の前にすると、まったく「高い」なんて思いませんでした。本当に素晴らしかったです。

この日は、秋も深まる11月のはじめ。中国山地の盆地に位置するだけに少し肌寒かったのですが、これも館長の説明によると、むしろこれからがオルゴールのベストシーズンなのだそうです。オルゴールは気象条件によって音色が変わるくらい、繊細なものなのです。目を閉じて、注意して聴き入ると、スッと尾を引く余韻の美しさに気付きました。音色にウットリしているうちに、館長の話は、オルゴールの変革期へと進みます。

職人の超絶技巧で生産されていたオルゴールのシリンダーは、やはりあまりにも高価なため、量産には向きませんでした。そこで、今から120年ほど前、ドイツのライプチヒを中心にディスク式の製品が作られるようになります。

ライプチヒは音楽が盛んで、あの滝廉太郎も留学していた街なのだそうですね。大型のオルゴールは主に飲食店などに設置され、ジュークボックスのようにコインを入れて聴くことができたそうです。演奏されるディスクは、穴がたくさん開いた巨大なレコードのような盤。驚くことに、現在でも作っている工房があるそうです。

「聞き惚れる」という状態は、まさにこういうことを言うのでしょうね。音楽にはさほど詳しくない私でも、これが特別な音色であることはよく理解できます。美音のヒミツは、ディスクよりも箱にあります。

薄い箱を組み合わせて大きな箱を形作るような、複雑な構造。館長は、かわいらしい音を奏でる手のひらサイズのオルゴールを、この大きな箱に当てます。すると、思わず声が出るほどの極端な変化が生まれました。目の前で本格的な楽器が演奏されているような、そのサイズからは考えられないような重厚な大音量となったのです。ギターで言えばボディに当たりますが、それがどれだけ重要なのか、心の底から理解できました。

こちらは、手紙を認めているピエロのからくり人形。ゼンマイ仕掛けで実際に動き、ランプにも本当に火をともすことができます。瞼の部分だけは柔らかい羊の皮で出来ていて、心地よい音楽とともにうたた寝を始めてしまう…というこだわりも。ご覧ください、このリアルな姿勢を!

ひと仕事終えてラブレターを書いているという設定なのだそうで、実際に「恋の相手」も存在しているというから驚きです。そのお相手の写真がこちら。気品に満ちた遊び心に、思わずこちらも笑顔になります。

そして、時代の波がオルゴールを襲います。蓄音機の登場です。

蓄音機は楽器の音ではなく、人間の歌声を流すことができます。「ヒット曲」という概念の誕生とともに、オルゴールは衰退していきます。

でも、オルゴールは、蓄音機よりも音質が勝っていました。何代にもわたり「いかに美しい音色を奏でるか」という課題に挑戦し続けてきた職人のプライドは、時代の趨勢に抗うように、最高の逸品を生み出します。それが、次の写真です。


スイス製のメカニズムを武器に、自国のケースを使用したアメリカの「MIRA」というオルゴール。見た目も音も、まさに「上質」という言葉しか出て来ないような、本物の逸品。オルゴール文化の頂点のひとつとして生まれたこの美品も、爆発的な盛り上がりを見せるレコード産業の躍進に埋もれていきます。

時折りユーモアも交えながら、分かりやすく軽妙な語り口で解説してくださった館長は、まるで私たち訪問客に自分の子どもたちを紹介するような慈愛に満ちていました。職人の魂が込められたオルゴールの心に染み入る音色も素晴らしかったのですが、この体験は間違いなく館長のガイドとサポートがあってこそ。展示の魅力は、やはり「人」によって感動へと深まっていくのです。

そして、冒頭のシーンです。子どもへの愛が詰まったおもちゃと、音楽文化への愛が詰まったオルゴール。「2部構成で感動を味わえるこの素晴らしい場所を、もっとたくさんの人に知らさねば」。地元の運転手さんにまくしたてる自分を想像すると頬が熱くなりますが、それでも、同じ体験をなされば、きっと私の気持ちをご理解いただけるはず。これは絶対、間違いないです。


●現代玩具博物館・オルゴール夢館 http://www.toymuseum-okayama.jp/