ミュージアムインタビュー

vol.191取材年月:2022年11月ちひろ美術館・東京

東京からも、安曇野からも快適にアクセスできる
リモート時代のデータベースシステムが整いました。
シニア・アソシエイト  中平 洋子 さん
シニア・アソシエイト 主任学芸員  原島 恵 さん

-こちらは、他社製のシステムからI.B.MUSEUM SaaSへ移行していただきましたね。まずは、そこに至る経緯からお聞かせください。

中平さん:1990年代の半ばまでは、紙焼きの写真を貼った紙の原画カードを使っていました。94年ごろから市販のシステムでデータベース化したのですが、テキストだけではなく画像も管理したいということで、個人の方にAccessでの再構築をお願いしたんです。それが98年ごろでしょうか。

-Windows 95の時代ですね。その頃は弊社も設立数年で、美術館のほとんどは紙のカードをお使いだったはずです。システムは中平さんご自身がお使いだったのですか?

中平さん:ええ、ひたすら入力するだけで精いっぱいで、腱鞘炎になりましたよ(笑)。動作が重くて不具合もあったのですが、当時、日本と世界各国の絵本原画の収集が本格化して、コレクションが増える一方で。とにかく登録を進めるしかありませんでした。

-その時に蓄積されたデータが、今の礎となっているわけですよね。

中平さん:はい。今ではちひろ作品を含め、世界35の国と地域、225人のアーティストの作品27,500点のコレクションに育ちました。登録したデータは、やはりきちんと使いたいですから、2006年に新システムへの移行を検討して、初期投資を抑えられて使いやすいASPのシステムを採用しました。

-そこからは私もよく覚えております。プレゼンに参加させていただきましたが…。

中平さん:その節は申し訳ございませんでした(笑)。

-いえいえ(笑)。でも、ご採用になった製品は、当時としては画期的でしたよね。その数年後に弊社が本格的なクラウドサービスを始めた時でさえ、同様に初期投資がかからないことについては、たいていの館が驚いておられましたから。

中平さん:データを外部に預けることについては、館内で議論がありました。でも、当館は長くハードやシステムのアップデートなどで苦労してきましたので、ブラウザがあれば使えるという仕組みは大きな魅力だったんです。

-そのシステムを継続せず、弊社システムにご移行になった理由は?

中平さん:時間が経って、性能面・機能面ではっきりと見劣りするようになってきたからです。たとえば、検索時に詳しい条件を設定できなかったり…。

原島さん:登録できる画像サイズが小さかったり、データをまとめて更新できなかったり。開発会社の担当の方はよくしてくださったのですが、機能改善にはコストがかかるそうで。

中平さん:そこで、アーキビストと一緒に調査したんです。当初はFileMakerが有力だったのですが、御社でクラウドサービスが始まっていたので、もう一度お話をうかがってみよう、と。

-弊社にとっては再挑戦のチャンスをいただいた形となりました。

 


-弊社視点では思いがけず邂逅を果たすこととなったわけですが、I.B.MUSEUM SaaS をご覧になっていかがでしたか?

中平さん:前システムでの課題はほぼクリアされていましたが、それ以上に、地道なアップデートを繰り返しておられることを知って信頼感を持ちました。

-ありがとうございます。システムは、主にどんなシーンでご利用ですか?

原島さん:日常業務では、展示作品を選ぶ時ですね。東京、安曇野、それから他館も含めて、どこにどの作品を出すのかを決める会議が年に数回ありますので。

中平さん:それから、劣化を少しでも食い止めるために、今後はこれまで以上に厳重に作品管理が必要になります。それに伴って、状態や履歴のデータは、さらに重要性を増していくでしょうね。

-そうなると、館の皆さんで快適に情報を共有できる環境が必要になりますね。

原島さん:そうなんです。アーキビストはともかく、私たち現場の学芸員は業務の合間にシステムを使いますから、マニュアルを読み込む余裕がなくて。その点、御社のシステムは、画面を見て感覚的に使い始めることができたので、とても助かりました。

中平さん:そんな経緯で、2019年秋のご相談を経て、2020年から利用を開始したわけです。

-コロナ禍の中でのスタートでしたね。操作説明もオンラインで行って。

中平さん:導入の後は、東京と安曇野でのリモート会議の機会も増えましたしね。以前は展示ごとに机を分けて、原画カードを並べて話し合ったものですが、システム移行とコロナ禍が重なる形で、一気に様子が変わりました。

原島さん:最近はシステムで作成したクリップリストをもとに、パワーポイントで資料を作って共有しています。前のシステムではアクセス人数が限られていたのですが、今は東京からも安曇野からも、みんながデータにアクセスできますからね。

中平さん:腱鞘炎になってまで頑張った甲斐があります(笑)。

-ご苦労が報われますね…。

 


-さて、システムをお使いになって、何か気になることはございませんか?

中平さん:スタッフからの伝言を預かっていますので、読みますね。「クリップリストから出力する時、画像データも一気に出したいのですが、可能ですか?」。

-画像データをダウンロードすることは可能ですが、クリップリストと一緒に出力するのは難しいですね。ご要望によって近い形で実現できることもありますので、追ってサポート担当からお話をうかがいますね(メモ)。

中平さん:クリップリストと言えば、並べ替えを自由にできるとよいのですが。

-他館の方からもご要望をいただいております。課題として認識はしておりますので、いましばらくお待ちいただければと思います。申し訳ございません。

中平さん:あとは、人物関連ですかね。作品と作家を同時に一括登録できるとありがたいです。それに、作家情報でも肖像画などの画像データを扱えるとよいのでは。

-ご指摘をありがとうございます、そちらも改善課題とさせていただきます(メモ)。では、今後の展望などをお聞かせ願えますか?

中平さん:「ちひろの言葉」をデータベース化したいです。インタビューやエッセイなどの言葉を展覧会で紹介する時にそのつど入力するのは手間ですし、過去のデータを孫引きすると、不正確だった場合に気づきにくいリスクがあります。また、引用された部分から元の出典に当たりたい時、記憶に頼って探すのは効率が悪くて。ですからデータベース化できたらなあ、と。

-それは面白いですね。データベースの新しい活用法になるかも。

原島さん:学芸現場としては、作品の貸出や返却まで一元管理できるようになったことにとても満足しています。あとは、いつかはジャパンサーチなどで一部の作品を公開して、より多くの方々にご覧いただけたらと思います。

-冒頭の90年代のお話から考えると、壮大な道のりですよね。

中平さん:こうして振り返ると、実感しますよね。いろいろなことがありましたが、すべて意味のあるプロセスだったんだなと思います。

原島さん:学芸員の間でも、このデータベースを育てていこうという意識が高まっています。みんなでしっかり引き継いでいきますよ

-素晴らしいですね。本日はお忙しい中、貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

Museum Profile
ちひろ美術館・東京 画家・いわさきちひろが最後の22年間を過ごし、数々の名作を生み出した自宅兼アトリエ跡で1977年にオープンした美術館。「世界中のこども みんなに 平和としあわせを」という願いのもと、子どもたちが人生で初めて訪れる美術館「ファーストミュージアム」として親しまれています。忠実に復元されたアトリエや愛した草花が咲き誇る「ちひろの庭」、愛用のソファが置かれた展示室など、親子で穏やかな時間を過ごせる都会のオアシスです。

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